正・念・場!《天狼院通信》
「この収益タンクの説明、全然頭に入ってきませんね」
僕の編集アシスタントをしているなっちゃんこと山中菜摘が言った。
2015年8月14日、午後10時過ぎのことである。〆切まで、あと2時間を切っていたときのことだ。
「あと、第三回の特講にこんな表現があります」
そう言って、その箇所を読み上げる。
ここ数週間、なっちゃんはアシスタントとして、今回の本の資料を読み込み、インタビューや特講のテープ起こしをしているので、僕より内容が頭に入っている。あれってどうだっけ、と聞くとすぐに検索して情報を拾ってくる。
今回、あまりに僕が他の複数の仕事に忙殺されているので、初めて編集アシスタントを導入することにした。一番最初に手を挙げたのがなっちゃんだった。なっちゃんは僕の予想以上の働きを見せた。本当にできるのだ。タイトで殺人的な制作進行だが、何より救いなのは、彼女が楽しみながらやってくれていることだ。
なっちゃんの読み上げる内容を聞いているうちに、僕は大きくため息を吐いた。
「もう一度、煮詰めないとな」
まるで要素が足りていなかった。今回の本はとてもポテンシャルが高く、質を高めれば、世の中になくてはならない本の1冊になると確信していた。妥協するわけにはいかなった。
それは、〆切まで完成稿が間に合わないという意味だった。僕らは8月14日23:59の〆切をターゲットに、これまで全開で取り組んできた。これが崩れるということだ。
なっちゃんは、驚く様子もなく、当然のように頷いた。
ただ、そこから朝まで書き続けるだけの、脳の体力がその日の僕には残されていなかった。
その日だけでも、朝から2万字以上を書いていた。頭が朦朧としていた。
とにかく、なっちゃんを送ってから睡眠をとることにした。
駅へなっちゃんを送る帰り道、東京天狼院のリニューアル・オープンに必要な準備を二人で確認していた。カフェのメニューの準備、スタッフ募集の準備、HPのリニューアルの準備、椅子や家具の準備、新しいコーヒーマシーンの準備、レギュレーションの準備……。
これが、編集作業のために行ったん止まっていた。
「正念場、ですね」
横を歩くなっちゃんはそう言って少し笑った。
うん、と僕は頷く。
まさになっちゃんが言うとおりだった。
これからの天狼院の爆発的な成長を考えたときに、今は徹底して負荷をかけなければならない時期だということが僕にはわかっている。いつも側でスタッフとして仕事をしているなっちゃんにもそれがわかっているのだろう。
でも、と僕は思いついて言う。
「天狼院はいつも正念場だよね」
たしかに、となっちゃんは笑う。
雑誌『READING LIFE』を創刊するときも、劇団天狼院を旗揚げするときも、初めて映画を創るときも、天狼院はいつも正念場だった。
そう、僕らは正念場に慣れているのだ。
きっと、僕らはこの正念場を切り抜けるだろう。
いつだってそうしてきた。
そして、この本も、東京天狼院も、福岡天狼院も、信じられないくらいに面白いものに仕上げるだろう。
そう、僕らなら、できる。
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