僕は決してあの屈辱を忘れない。〜雑誌『READING LIFE』発売日正式決定〜《天狼院通信》
東京天狼院から歩いて3分ほどの場所に、通称「フロントライン」と呼ばれるオフィスがある。
デザイナーズ・マンションの一室だが、そこには黄土色の紙に包まれた塊が数多く積まれて、峻険な壁となっている。
「これ、地震が来れば、崩れますね」
と、なっちゃんが言う。たしかに、と僕は苦笑して頷く。
もし、これが札束だとしたら、今から用意しようとしている天狼院の新しい店舗も簡単に作れるだろう。ところが、この塊は、残念ながら札束ではない。
包を解くと、真っ黒な紙の束が出てくる。その背表紙にはこう書かれている。
「READING LIFE」
そう、未だ売れ残されたままになっている、雑誌『READING LIFE』創刊号である。
仕事場に積まれた、この売れ残りの束を見るたびに、あのひりひりした日々を思い出す。
あのときのことを、本当に昨日のことのように想い出す。忘れないのは、その記憶に痛みが伴っているからだ。
「すみません、印刷、止められませんか?」
無茶なお願いだと、わかっていた。
もう、何度も同じお願いをしていて、印刷工場を止めるのが物理的に不可能なことも知っていた。
印刷会社の担当者は、終始親身になって対応してくれ、僕らの無理を幾度となく聞き入れてくれて、しかし、今度ばかりは印刷を止めるはできないとわかっていた。
けれども、編集長である僕は、そうお願いせざるをえない状況に追い込まれていた。
今から2年前、2014年の秋のことである。
そのとき、僕は東京天狼院の中央にテーブルをおいて、お客様が来るのもまったく気にすることもできずに、ひたすら、iMacに向かっていた。開かれていた画面は、Wordではない。AdobeのデザインソフトのInDesignだった。
スタッフの奮闘もあり、お客様から上げられてきた記事はなんとか間に間に合わせていたものの、全体の40%を占める僕担当の記事が、後回しにされて、その記事をじっくりと制作する時間がなかったのだ。そこで、僕は禁断の製作方法を実施していた。
雑誌をデザインするInDesignへの記事の直打ちである。
普通、雑誌を作る際には、予め企画を決め、それに合わせてラフを引き、デザインを作り、記事をWordで作って、デザインに流し込む。
その手順のほとんどを省いて、僕はデザインソフトをWordのように使って即興で記事を書き、即興でデザインしていたのだ。
それほどに時間がなかった。
その電話までの2週間ほどは、朝の5時にシャワーを浴びに帰る以外は、ほとんどそのiMacの前に座っていて、1日の睡眠時間は、本当に20分で、週に一度だけ4時間眠るというスケジュールだった。
「わかりました、無理だとは思いますが、掛けあってみます」
と、担当者の方は言った。
僕も、無理だとは思うと客観的に思った。
けれども、止めてもらわないと、決定的なミスを修正されないままに雑誌が発売されてしまう。
「お客様と一緒に作る究極の雑誌」
「営業・広告ゼロで面白さ無限大の雑誌」
掲げた目標は高かった。
編集に関わった人数は30人を超えて、意気軒昂で、どれだけすばらしい雑誌ができるのだろうと誰もが期待した。
が、発売を前にして、その想いが悉く瓦解しようとしていた。
人が多ければ多いほど、それぞれのコンテンツの質を統制することが困難になる。
素人が関わるとなれば、なおさらのことである。
また、僕以外のほとんどの人は、他の仕事を持っているお客様だったり、アルバイトだったり、インターン生だったりした。
ゆえに、フルタイムでこの雑誌に関われるのは、実は、僕一人しかいないことに、後々になって気づいた。
たしかに、編集部に名を連ねている人の数は多かった。
けれども、彼らのほとんどは、この雑誌に対して責任を負う必要はなかったのだ。
この雑誌に責任を負うべきは、僕一人しかいないと気付いたとき、深夜の天狼院で絶望的な想いをした。けれども、発売日は近づいていて、何としても間に合わせなければならない状況下、僕はほとんどの部分を自分で組み上げることを決意した。
不思議と疲労を感じることはなかった。
それよりも、恐怖心のほうがはるかに大きかった。
しばらくして、印刷工場から電話が来た。
「ご指定のページは、白黒ページだったのでまだ印刷していなかったので、なんとかなります!」
カラーページの印刷はすでに終わっていて、乾燥に入っていたが、白黒のページはまさにこれから印刷するところだったという。
雑誌『READING LIFE』は、首の皮一枚で、発売日に間に合ったが、入稿を終えると同時に、僕は一枚の手紙を読者宛に書いた。
「編集長失格」
誤字脱字やミスが夥しくなることは、入稿時点で覚悟していた。
読まなくてもわかっていた。
あの極限状況の中で、InDesign直打ちで作ったものに、ミスがないわけがなかった。
それは、一方的な謝罪の文面だった。もうすでに、入稿前から、雑誌『READING LIFE』創刊号は多くの予約をいただいていたのだ。
その期待に、十全に応えられなかったことが、悔しくて仕方がなかった。
今、当時を思い出しても、涙が滲んでくる。
その後、雑誌『READING LIFE』は、出ることがなかった。
実は、何度もチャンスを模索して、東京でも福岡でも、お客様を交えて編集会議を開いた。
何度も、雑誌の発売日を設定した。
また、お客様が書く、文章の質を向上させる目的で、ライティング・ゼミも開講し、こちらの受講生の筆力はあるいは僕を凌駕する人も現れるほどだった。
けれども、僕は雑誌『READING LIFE』の2号目の発売に、どうしても踏み切れないでいた。
たしかに、この二年間は毎日が嵐のように忙しかった。けれども、『READING LIFE』を作れなかったかといえば、決してそんなことはなかった。お金の問題でもなかった。
編集会議で上げられてくる企画は、あるいは創刊号よりも面白かったかもしれない。
けれども、企画を上げてくれた人に、それを記事にしませんかとメッセージを送るほどには、情熱の火は灯されなかった。もっと更なる何かを、僕は求めていた。
僕は、一度失敗したことは、そのままにできるような性格をしていない。
たとえば、劇団天狼院は、同じく旗揚げを失敗したが、4ヶ月後に旗揚げの9倍の集客をして様々な影響を与えた。
けれども、雑誌『READING LIFE』に関しては、発売してから二年間も決断を先送りにした。
今思えばそれは、どの時点でも、そのとき新しい『READING LIFE』を出したところで、世の中に大きく受け入れられることはないだろうと、およそ直感的に思っていたからだったのだろう。
2016年4月、天狼院書店は社員を一気に6人雇い入れた。
その中には、天狼院でもよく書いて、ファンも多くついている川代紗生がいた。
そして、雑誌『READING LIFE』でも、一部、手伝ってもらった、天才デザイナーの長澤貴之もいた。
今回の戦力補強の念頭には、雑誌『READING LIFE』の制作があった。
5月から始まった書店の雑誌化「月刊天狼院書店」のプロジェクトは、雑誌『READING LIFE』を念頭においてのことだ。
そう、僕の脳裏には、常に、雑誌『READING LIFE』があった。
あるとき、雑誌『READING LIFE』の復刊に向けて、僕らは編集会議をしていた。
ゼロベースで、面白い雑誌とは何かということを考えようと話になった。
おそらく、そこにはお客様も入り混じっていたのだろうと思う。
様々な革命的な案がそこに出された。
そんなことができたら、本当にすばらしい雑誌ができると、その場にいたみんなは盛り上がっていた。
ところが、案が出される度に、僕と川代紗生は、目を合わせて苦笑していた。
みんなが革命的だと思っていた悉くを、実は二年前の雑誌『READING LIFE』で僕らはやっていたからだ。いや、それ以上の可能性を、すでに雑誌『READING LIFE』創刊号は示していた。
川代紗生は、僕に言った。
「あらためてREADING LIFEを読んでみたんですが、面白かったです。私達、誤字脱字にばかり目を向けてしまって今まで記憶から忘れ去ろうとしていましたが、やっていたことは、正しかったと思います」
あらためて、読んでみると、川代の言うとおりだった。
あれに示したトピックは、たしかに荒々しかったが、様々なポテンシャルを示した。
あの雑誌を買って読んでくれたある有名著者の方が、僕にメッセージをくれて、一緒に本を創ろうといってくれた。それが、現実に出版することが決まって、今、その準備をしている。
それだけでなく、あそこで示した話が本になることが、すでに何冊か決まっていた。
長岡花火の記事は反響が大きく、劇団やフォト部は、今、様々なかたちで成長していて、あそこには息吹が込められていた。
本にまつわる第一特集は、天狼院ならではの論説を示せていたと思うし、実際に、天狼院はそれに則して、この二年間、成長を示してきた。
そう、あの失敗作だと思っていた雑誌に、未来は込められていたのだ。
僕は、雑誌『READING LIFE』創刊号を改めて読んで、涙が溢れるのを止められなかった。
僕らは、間違っていなかった。
ただ、力がなかっただけだ。
今なら、どう作るだろうか、と僕は頭の中で新しい雑誌『READING LIFE』を思い描こうとした――
その途端、イメージがとめどなく、溢れ出した。
もう、おびただしいほどに、鮮烈なイメージが溢れ出た。
僕らは、あの後も作り続けてきた。書き続けてきた。
本ばかりではなく、Webの記事ばかりではなく、新しい店舗やイベントやあらゆるものを「編集」し続けていた。
僕らは二年前の僕らではない。
大きく成長していた。
その僕らがどう雑誌を作るかを考えたときに、もはや、彩り豊かに広がる未来のイメージを、止めることはできなかった。
たしかな自信が、握る拳の中にあった。
僕は、ふたたび、雑誌『READING LIFE』を作ることに決めた。
発売日を、2016年11月8日に定めた。
雑誌『READING LIFE』の編集長に、ふたたび、正式に就任することに決めた。
今回は、前回と違って、企画の内容のみならず、ラフのレベルから、文章の一文一語まで、すべてのコンテンツに魂を込めようと思う。
最悪、僕とデザイナーの長澤の二人だけでも創りあげる。
そこまでの覚悟を決めた上で、誰と一緒にこの雑誌を作るかを考えていきたいと思う。
たとえば、『READING LIFE』にあるコンテンツが必要だったとして、
もし、そのコンテンツを作るのに、最も相応しいのが僕だとすれば、人に任せずに僕がすべてを作り上げようと思う。
あるいは、もし、そのコンテンツを作るのに、僕以外に相応しい人がいるとすれば、躊躇なく、その人に任せようと思う。
そんな基準で、新しい雑誌『READING LIFE』を作り上げて行こうと思う。
こう決めると、なんだか、心が楽になった。
そして、雑誌を作るのが、楽しみで仕方がなくなった。
また、一緒に雑誌を創りたい人がいれば、遠慮なく、僕に声をかけてほしい。
会ってでも電話でもメールでもメッセージでも、どんな手段でもいい。
直接、僕に声をかけてほしい。
特に大学生はこのチャンスを活かして欲しい。
天狼院のスタッフも、自発的に手を挙げなければ、今回のプロジェクトに巻き込むことはない。
とにかく、自ら進んで積極的に参加を表明して欲しい。
ただし、編集長として、掲載できないと思えば容赦なくそう伝えるだろうし、逆に面白ければ、土下座をしてでも作ってもらおうと思う。
2016年11月8日に、新しくなった雑誌『READING LIFE』のページを開くことが、今から楽しみで仕方がない。
どうぞよろしくおねがいします。
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