書店人に告ぐ4.0《遊牧民族編》
❏遊牧民族としての作法
中国において、大河である黄河、長江の流域は肥沃な大地で、大規模な人口を抱えることができ、そこに文化が花開き、歴代の中華王朝では多くの都がそこを中心として置かれることになった。
それを「中原」という。
一方で、作物がほとんど育たない、中原から見ると辺境にあたる砂漠地帯に、遊牧をしてなんとか生計を立てる民族がいた。彼らは、生き延びるために必然的に騎馬民族となり、いつしか、中原で生きる人々よりも遥かに機動力が優れた戦術を身につけるようになり、戦闘力において、時に中原の王朝を凌駕するようになった。
古来より、中原を制覇する王朝は、その辺境の騎馬民族に領土を脅かされることを危惧し、長城を築き上げることになった。万里の長城とは、中原の、辺境に対する恐怖心が形となって現れたものだろう。
やがて、それら遊牧民族の一部が絶大な力を持ち、強大な帝国を創り上げて、中原の王朝を滅ぼし、自ら中原に立つようになった。
それが、チンギス・ハーンやフビライ・ハーンのモンゴル帝国であり、満州女真族の大清帝国だった。馬賊の大頭目であった張作霖も、ある意味、騎馬民族的な立ち位置から、中原を狙った一人だったのだろうと思う。
僕ら天狼院書店は、常々、遊牧民族のように強くあろうと心がけてきた。
元々、力のない僕個人から始まった天狼院書店は、営業するための店舗物件を借りることにも苦労した。お金がなかったので、大家さん以前に、不動産屋さんに相手にされなかった。
池袋の数十件の不動産屋を回り、名刺を置いてきて、本屋をオープンするための物件を紹介してくれるようにお願いしても、本当に相手にしてくれたのは、たったの一軒だけだった。そして、有り体に言ってしまえば、ほとんど資金がなかったあの当時の僕が目一杯背伸びして借りることができる物件は、今の東京天狼院がある、あの東通りの外れの二階の物件だけだったのだ。
あの物件を借りられたのは、本当に心優しい不動産屋さんと大家さんのご理解があったからだ。
正直言ってしまえば、池袋の東通りの外れは、商店街というよりはもはや住宅街で、池袋というよりはもはや雑司ヶ谷だった。東通りの外れまで行くと、人通りもまばらで、二階に店舗を構えたとしても、勝手に人が入ってくるということはありえない立地だ。
そう、たとえば池袋駅前の立地が「中原」だとすれば、力のなかった天狼院書店は「辺境」からスタートせざるをえなかったということだ。大地が肥沃ではなかったために、勝手に店を開いていればお客様が入ってくるということもない。種を植えれば作物が育つ中原とはわけが違う。
生き残るためには、必然的に、様々な新しいスキルを身につける必要があった。様々な可能性を全力で模索する必要があった。
その中の、およそ9割は失敗し、1割程度がサービスとして残った。そして、挑戦を続けているうちに、いつしか全く新しい「天狼院書店」という死なない業態ができた。
それはまさに、遊牧民族が必然的に、高度な騎馬兵の戦術を身につけていった過程に似ているのだろう。おそらく、様々な試行錯誤の末に、なるべくして、そういう戦術を身につけ、その部分においては中原の豊かな王朝が持つ軍隊を凌駕したということだろう。
僕ら天狼院書店にも、そういった高度な騎馬戦術のようなスキルが醸成された。生き残るために必死になっていたら、気づいたら身についたものだ。
では、書店が生き残るために身につけたスキルとは、いったい、何なのか?
❏ポイントは「必然的縮小」
従来型の書店、特に小型の書店の弱点は、僕は早い段階からわかっていた。中堅の書店グループで、駅ビルの中にある30坪の書店の店長を3年ほどやっていたときに、その弱点に気づいた。その書店の売り上げの割合にヒントがあった。
雑誌の売り上げが40%、コミックの売り上げが15%ほども占めるその書店にとって、雑誌の売り上げの落ち込みは、全体の売り上げに対して大きなダメージを与えることが目に見えて明らかだった。
たとえば、時刻表や地図は、スマートフォンが登場する以前に比べて落ちるのは明らかだったし、地デジが始まってからテレビ雑誌も売り上げを落とすのは必然だった。そして、雑誌『ぴあ』もその役割を終えた。
このような、生活スタイルの革命的な変化による「必然的縮小」を、止めることは不可能だ。なぜなら、人は便利な方に流れるからだ。その流れを止めることは、マーケティング的に見ても正しいことではない。
それを前提に、全国に数多く存在する駅ビル内の30坪程度の書店はどうすれば生き残れるかを、あらゆる角度から検討し、思考実験を繰り返した。
どう計算したとしても、どんなに優れたマーケティング手法を投入したとしても、そのスタイルの書店を5年以上黒字にすることは難しいという結論を弾き出した。
僕は当時勤めていた書店に、事実上追い出されたわけだが、奇しくも、僕が計算をした5年後に、その書店は20億の負債が明るみに出て事実上倒産した。
正直言えば、僕が辺境で小さな書店を開いたのは、中原の書店に追い出されたのがきっかけだった。皮肉なことに、辺境に追いやられたことによって、僕は「必然的縮小」に対抗するためのスキルを身につけることになったのだろうと思う。
天狼院書店は、まことに小さな集団だが、未来に対して明確なストーリーを描けるようになった。そして、全国の様々な大企業から、出店依頼を受けるようになった。
僕が唯一見たポイントは、「必然的縮小」をする数値だった。これに対して、カウンターを与える方策を取ることさえできれば、書店は十分に戦うことができると考えた。
そして、以前は5年先の未来を描けなかったのに、今では10年後、そして30年計画で事業を組み立てられるようになった。
僕らは、「必然的縮小」に打ち勝つ「数値」を手に入れることができたのだ。中原の肥沃な地ではなく、辺境の砂漠地帯で旗揚げせざるを得なかったことが功を奏したのだろう。
お客様の要望、もっといえば、欲望に応え続けることによって手にした「数値」だった。
今、僕ら天狼院書店が確信を持っている。その「数値」をもってすれば、万里の長城を越えて、中原に進出したとしても、圧勝できるという確かな手応えがある。もし、従来型の書店に部分的にも「天狼院書店」をインストールすることができれば、もしその業態が苦しんでいたとしても、多くの場合、蘇ることができると考えている。
たとえば、向こう2年間に倒産する書店の40%程度は、この天狼院方式をインストールすることによって、蘇ることができるだろうと僕と顧問チームは弾き出した。
それでは、「必然的縮小」に打ち勝つ「数値」を手に入れた天狼院書店は、今後、どういう戦略を取ろうとしているのだろうか。
万里の長城を越えて、中原に進出し、ライバルと死闘を繰り広げて、その肥沃な大地を征服しようとするのか?
あるいは、まったく違った業態にシフトチェンジして、書店業から離れるのか? 実は、そのいずれでもない。
❏書店人に告ぐ
天狼院書店は、様々な書店と戦略的にコラボレーションをする容易を整えている。具体的には、取締役会が設置される2018年の6月以降に、そのコラボレーションが全国で次々と実現して行くことだろう。
ここからが本題である。
全国の「書店員」に告ぐ。
いや、聞く耳を持ち、業界の未来に今なお希望をいだく、全国の「書店人」に告ぐ。
この業界の未来を明確に描けずに、書店というある種の安全な空間に引きこもっていないだろうか?
自分がビジネスマンであることを忘れ、どこかボランティア精神で仕事をしていないだろうか?
出版不況のせい、会社のせい、取次のせい、出版社のせいとすべてを他者に責任を転嫁してはいないだろうか?
目利きとおだてられて、小説の世界に逃げ込んではいないだろうか?
どこかで状況を諦観し、日々の忙しさの中に現実逃避してしてはいないだろうか?
もしそうだとしたら、目を覚ましてほしい。
そして、気づいてほしい。
勘のいい人なら、そしてこの文を真剣に読んできた人なら、すでに気づいているはずだ。
そう、維新や大きな革命は、常に「持たざるほう」より起きる。「中原」にいてのうのうとしている体制や既得権益層ではなく、「辺境」において困窮し、それによって当事者意識を発露したほうから起きる。
世界最大のモンゴル帝国を創り上げたのは、中原の王朝よりもはるかに小さな集団だった。蛮族と罵られて、中原から取るに足らないとされてきた人々だった。
彼らは自らの優位性に気づき、一気にその時代の世界を席巻した。
いつだって、世界中のどこででも、大きな改革を成し遂げるのは、我々、持たざる者たちだ。
僕であり、これを読んでいるあなたである。
そして、僕は評論家ではなく、誰よりも実践者である。そして、ビジネスマンである。
具体的に、未来に対して、ひとつの希望を用意した。
それが、既存の書店に天狼院書店を「インストール」するまったく新しい方式である。
『既存の書店に天狼院書店を「インストール」するまったく新しい方式』とは、いったい、どういうものなのか?
《続きは雑誌『READING LIFE 2017年夏号』(6/17発売)で》
■雑誌『READING LIFE2017夏号』2,000円+税《現在、予約受付中!》
6月17日(土)19時から東京天狼院、福岡天狼院、京都天狼院各店にて発売開始・予約順にお渡しいたします。
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