天狼院通信

僭越ながら女子大生三宅香帆さんの質問にお答え致します。《天狼院通信》


拝啓 三宅香帆様

西の高い山のほうでは紅葉も始まったと聞きましたが、京都はいかがでしょうか。
秋の京都もまたすばらしいのでしょうね。

雑誌「READING LIFE」の創刊や劇団天狼院の旗揚げなどで忙しいからといって、京都天狼院を大学生のあなたに任せっぱなしにしてしまい、本当に申し訳なく、それ以上にありがたく思っております。
あなたが京都天狼院で奮闘する様を記事で楽しく拝見しております。あまりに暇だからといって、お酒をお召になるのは店主として如何なものかと釘をさしたいところではございますが、まあ、それによってしか得られない体験や能力があるとすれば、目をつぶるべきでしょう。何より、僕自身が話しの続きを読みたいファンの一人でもありますので。

 

女子大生三宅香帆、「京都天狼院」店長に就任しました。~伊勢物語第六段「芥川」編~《三宅のはんなり妄想記》

 

さて、あなたより頂きました疑問に、天狼院書店店主としてお答えしなければならないでしょう。

 

【教えてください社会人のみなさん!】文学部の勉強って、本当に社会の役にたたないんですか?《三宅のはんなり京だより》

 

今はアカデミックな世界に偏っていて、ビジネスの世界でそれが役に立つのか心配だという主旨だったと思いますが、これに対して、幸い、僕は明確な答えをご用意することができます。

結論から言って、ビジネスの世界で活躍するためにもアカデミックの世界でさらに知性に磨きをかけて欲しいということです。
京都大学文学部に在学中は元より、ビジネスの世界に足を踏み入れてからもです。

ただし、あなたのように文学部にいて、文学を専一にやってこられた方なら、それとは全く違った物理や数学、科学など、いわゆる理系の学問や、映画や音楽、絵画などのアートにも出来うる限り、触れる時間を取ったほうがいいでしょう。

たとえば、天狼院の棚で言えば、一番奥には文庫がずらりと並んだコーナーがございますが、岩波文庫、新潮文庫と、いわゆる世界的な名著を選んでコンパクトにまとめておりますので、ここを制覇しようとするのはとてもいいことだろうと思います。

また、あなたのお手紙にも書かれておりましたが、天狼院のリベラル・アーツのコーナーを当たるのもいいでしょう。ここには名著『利己的な遺伝子』や『野生の思考』、講談社のスペシャルな図鑑『move』のシリーズなど、様々なジャンルの知の入り口を用意しております。

「いつ役に立つかわからない知性」を、できるだけ広範囲にたくさん、「摂取」してください。

勉強が大好きなあなたのことです。大学生の間にいわゆるビジネス書を大量に読んで、できるだけ予習をして、早くも社会に窓口を得た仲間たちに遅れを取りたくないと焦るかもしれませんが、「心・配・御・無・用」です。
大学にいる間には、ビジネス書を一冊も読まなくとも大丈夫です。
いや、むしろ、読むべきではない。
それよりも、今は「いつ役に立つかわからない本」を楽しみながら「摂取」し続けてください。

それでは、なぜ、ビジネスの世界で活躍するためには「いつ役に立つかわからない知性」を「摂取」する必要があるのでしょうか?

理由は明確です。

たとえば、いわゆる「ビジネス書」に書かれていることは、多くの場合、スキルであって、言い換えるとそれは成功するための「種」のようなものです。

想像してみてください。

あなたは今、広い大地に立って、多くの「種」を握りしめています。
早くビジネスの世界で一人前になろうと焦って買い集めたビジネス書という名の「種」です。

しかし、足元の大地が、乾いてひび割れていたとしたらどうでしょうか?
そう、「種」を蒔いたとして育つはずがありません。

まずは大地を耕す必要があるのです。

勘の良いあなたなら、もうお気づきのことでしょう。

「大地」とはあなたの「知性の土壌」のことであり、その「知性の土壌」を耕すことができるのは、「いつ役に立つかわからない知性」なのです。文学や物理学、数学、歴史などの学問がそうです。
こういった学問の中でも質のいいものを摂取し続けると、「大地」は滋養をたっぷりと含んだ濃醇な土壌となります。

そうして大地を耕して初めて、あなたが握りしめていた「種」が芽吹くことになります。

「いつ役に立つかわからない知性」は、たしかにそればかりでは芽吹くことはないでしょう。けれども、大きな実りを得るためには必要不可欠なことなのです。

質のよい学問を摂取し、自らのあたまで考えることで、あなたが十分に自分の「大地」を耕すことができたのならば、いよいよ、「種」をお選びください。

天狼院では、入り口を入ってすぐ横の棚を「天狼院スタンダード」と名づけているのですが、ここに良い品種の「種」、もっといえば、自然淘汰に耐えてきた「種」を選んでおいてあります。


ここに並んでいるのは、裏の文庫の棚とはちがって「直接ビジネスに役に立つ種」です。しかも、ビジネスの最前線で幾多の淘汰を潜り抜けて、なおも「使える武器」として生き残った強靭な「種」です。それらが強靭かどうかを見分けるには、「裏付け」をご覧いただければと思います。それらの多くには「第24刷」などと二桁以上の刷数が書かれているだろうと思います。それは重版された回数であり、それが淘汰をくぐり抜けた証拠です。

耕して豊潤となった土壌をもった「大地」に、淘汰をくぐり抜けた優秀な「種」を植えたと想像して見てください。

豊かに生い茂ることを、もはや想像できるのではないでしょうか。

ここでひとつ、注意が必要です。

天狼院の奥の文庫のコーナーにも並べてありますが、福澤諭吉の『学問のすすめ』は、今のあなたは読むべきではないということです。

『学問のすすめ』では「文学などといった、いつ役に立つかわからない学問をしないで実用的な学問をこそすべきだ」という主旨のことを言っています。

今、僕が言ったこととまるで逆のことを言っていますよね。
かの有名な『学問のすすめ』は間違っているのでしょうか?

決してそうではありません。
あの当時の時代背景からいうと、『学問のすすめ』の論旨は極めて正しいと言えます。

なぜなら、江戸時代、日本人は武士のみならず町人や農民までも、寺子屋に通って素読などして「いつ役に立つかわからない学問」を徹底して叩きこまれていて、すでに「大地」が耕されていたからです。そういった時代背景があったので福澤諭吉はあえて「今からは実学だ」と唱えた。
実学とは語学であり、西洋の科学技術であり、すなわち今で言うところの「ビジネス書」に近いスキルの「種」のことです。
つまり、「大地」が未だに耕されていない人に、これを言うと、全くの逆効果になるということです。あなたのような学生さんばかりではなく、ほとんどの日本人が、「大地」が耕されていない状況にあります。

そして、まさにリベラル・アーツや「いつ役に立つかわからない学問」が役に立つのは、今僕が言ったような、今は『学問のすすめ』を読むべきではない、ということを判断する際です。
今なら、現代語訳の『学問のすすめ』なども出ていて、書店では売れているという。それなら、私も読まなければと流されそうになりますよね。

しかし、「いつ役に立つかわからない学問」を積み上げていると、

「でも、ちょっとまてよ、本当にそうなのか?」

と、自分の頭で考えられるようになります。

常識を疑い、自分の頭で考える。

それこそが、ビジネスで最も必要とされることです。
そして、多くのリーダーに必須とされることでもあります。

京セラの稲盛和夫さんやSBIホールディングスの北尾吉孝さん、ライフネット生命の出口治明さんなど、名経営者は実質的に哲学者であり、歴史学者でもあります。そういった「いつ役に立つたつかわからない学問」を積み上げたからこそ、誰もがやったことのない地平に辿り着いた時に、自らの頭で考えることができるのだろうと思います。

また、とある上場企業の社長さんは師と仰ぐ方に若い時分にこう言われ、実践し続けたことによって、今の地位を確立したといいます。

「給料の1割を書籍を買うことに費やせ」

名経営者でなくともいい。
ビジネスで成功している多くの人は、当たり前のように本を読んでいます。忙しい人ほど、本を読む。しかも、読んでいるジャンルが広範囲にわたっていることがほとんどです。けれども、それをあえて人に言ったりはしませんよね。
それは、その人達にとって、様々なジャンルの本を日常的に読むことは、ご飯を食べることのように当たり前のことだからです。

それなので、あなたは別に焦らずに、これまで通り、アカデミックの世界で知識を吸収すればいい。好奇心の赴くままに、様々なジャンルの優れた知性に触れるといい。

こうして学問を修めていけば、もしかして、スタートダッシュはいささか遅れるかもしれませんが、まちがいなく言えることは、最後に勝つのはあなただということです。

答えになったでしょうか。

天狼院書店店主 三浦崇典

 

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2014-09-27 | Posted in 天狼院通信, 記事

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