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チーム天狼院

押し潰されそうな不安の中で、僕たちにできることは。《スタッフ平野の備忘録》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
「人生でいちばん頑張ったことは?」
 
もし仮に。例えば、面接で。そんな質問を、されたとしたら。
すぐさま、答える。それは、「大学受験の時」だったと。
 
ああ、そうだ。自覚の中でも、客観的に見ても、あの時は、頑張っていたと思う。
毎日10時間以上。その間休憩は、1時間足らず。机に向かい、ひたすら勉強し続けた。あの、高校三年の一年間。
あれに勝るものは、この25年間他にないと思うから。
あれだけ、ひたむきに努力し続けた時期は、他にないと思うから。
 
これは、事実だ。今書いたことに、嘘偽りなんてない。
だけど、一日だけ。たったの、一日だけ。すべてを投げ出して、サボったことがある。
学校も、予備校も。ズル休みをして、現実逃避したことがある。
 
しかもそれは、まだ余裕がある春先とかじゃない。講習が立て込む、夏でもない。
受験生たちが追い込みをかける、それはもう大事な時期、センター試験から2ヶ月を切った、11月の末のことだった。
 
忘れもしない、あの日の朝のこと。
今でもハッキリと、思い出せる。
 
それは、曇りの日だった。冬はすぐそこに近づいていて、でもまだ本格的な到来は先で。少し肌寒い、そんな時期だったと思う。
 
その日は平日だったから、僕はいつも通り、家を出たんだ。
マンションの駐輪場から、自転車を出していた、その時のことだった。
 
「よう」
 
声がして、振り向いた。
歩いて、こちらに向かってくる人物。それは、同じマンションに住む、幼馴染だった。
 
「おー、久しぶり!」
 
中学までは、毎日一緒に通っていた僕らも、高校ではバラバラになった。彼は僕より、ひとつレベルが上の高校に通っていた。
 
「……ところで、時間大丈夫なの?」
 
雑談もそこそこに、僕が切り出す。
彼の高校の方が、明らかに遠い。今から行っても、間に合わないだろうなと。半ば、確信しながら尋ねたんだ。
 
「そう。寝坊したんだよね。もう間に合わない」
 
「あー。そうなんだ……」
 
次の瞬間だった。頭をよぎった、その選択肢を、僕は口にしてしまった。
 
「……それなら今日、学校サボってどっか行かない?」
 
あ。つい、言ってしまった。
言葉にしてすぐに、反省した。それは、勢いだけで出た言葉だったから。
 
今が大事な時期だと、知っていた。僕にとって、だけでなく。彼にとっても、当然そう。
それなのに、軽率に誘ってしまったから。
 
彼も、驚いた顔をしていた。
だけどすぐに、ニヤけてこう言ったんだ。
 
「いいね。行こう!」
 
 
 
僕らの自転車は、走り出した。学校とは、反対の方向へ。
風を切って、ぐんぐん進んだ。制服は、身につけたままで。
 
思ったのは、確かだった。こんなことを、している場合じゃないって。罪悪感だって、ないと言えば嘘になる。
だけど彼が、首を縦に振った瞬間。僕の中の何かが、弾け飛ぶ音がした。
 
一日くらい、いいじゃないか。
今日だけは、思い切ってサボろう。そう、思ってしまったんだ。
 
お喋りをしながら、夢中になって漕いだ。次第に、罪悪感も忘れてしまった。
ペダルを回す足どりは、それはもう軽くて。いつの間にか僕はもう、楽しくて仕方なかった。
 
地元である千葉の松戸を出て、あっという間に都内へと入る。
「目的地として、わかりやすいから」。
そんな何の意味もない、頭の悪い理由で、スカイツリーを目指した。
 
 
 
そうして漕ぐこと、90分。
僕らは、スカイツリーに到達した。
 
「あっという間だったな……」
 
スカイツリーは、想像以上に近かった。まだまだ物足りない僕らは、「せっかくだから」と、湯島天神を目指すことにした。
学校をサボって、学業の神様にお祈りしに行くのだから、ちゃっかりしているものである。
 
……このような調子で、都内の様々な場所を駆け巡った。自転車を夢中になって漕いで。気づけば、時間は過ぎて行った。
 
結局、僕らが引き返し始めたのは、夕日が沈んでからだった。
学校どころか、予備校にも間に合うはずなんかなくて。ようやく家に着いたのは、家族が寝静まった夜遅くだった。
 
総走行距離100km弱。僕らのサボり旅は、こうして終わりを迎えた。
 
……今振り返ってみても、思う。
どうしてあんなことを、したのだろう。
 
べつに、後悔しているわけじゃない。ただ、疑問には思う。
毎日、真面目に勉強していたのに。どうしてあの日だけ、思い切ってサボるに至ったのだろうって。
 
「サボろう」と、提案した瞬間のことを、厳密に覚えているわけではない。
だけど、思い当たる節がある。その言葉が、出るまでの背景に。
 
あの頃の僕は、停滞していた。
そして不安を感じ、現実逃避したくなったのだ。
 
 
 
受験勉強を始めた春先から、しばらくの間は、なんだかんだで楽しかった。
そりゃ、苦しさだってあったけど、勉強を楽しんでいる自分もいた。
日々新たなこと覚えて、自分がレベルアップしていくのがわかったから、やりがいを感じやすかったのだと思う。
 
そうして夏が終わり、一通りの基礎が身についた。
新しく覚えることはほとんどなくなり、「身につけた知識をどう使うか」という、新たな段階へと入った。
苦しくなったのは、ここからだった。
 
問題集を解いて、ひたすら実践に励む日々。目に見えるレベルアップなどはなく。地道に慣らしていくしか、道はなかった。
模試を受けても合格判定には、ほど遠く。右肩上がりだった成績は、秋に入ってから目に見えて伸び悩んでいた。
 
「あ。俺今、停滞している」
そう気づいた瞬間から、苦しくも楽しかったはずの毎日が、不安との闘いへと様変わりした。
 
「こんなに頑張っているのに」
「このまま伸び悩んだとしたら……」
 
そんな声が、何処からか聞こえる。振り払うようにして、机に向かう。
なら、なおさら。反復して、力をつけるしかないだろ。自分に言い聞かせる、毎日。
 
だけど11月に入っても、状況は変わらなくて。いよいよ焦りは、身を焦がし始めた。
 
このままじゃ、失敗する。失敗したら、来年もまた勉強。それでもまた、伸び悩んだとしたら。もう、これ以上頑張れないよ……
 
次々に浮かんでいく、悪いイメージ。
これだけ努力をしたことが、今までなかったから。失敗するのが、極端に怖かったのだと思う。
 
膨れ上がった不安は、次第に眠りを阻害するようになった。勉強の効率もますます落ち、自習も手につかないことが増えた。
予備校のチューターに、「不安のあまり、集中できない」と打ち明けたこともある。
 
それでもまだ、なんとか勉強を続けられていたけれど。
少しずつ、追い込まれていた。不安の、ピーク。そんな、タイミングの中で、
 
迎えたのが、あの日だった。
忘れたかったんだと思う。不安なこと、全部。
 
毎日勉強ばかりしていると、「大学に受かること」が、まるで自分の人生のすべてのように思えた。
だから、そんなことはないよって。他に楽しいこといくらでもあるよって。
友達と自転車で、都内をフラフラ回ることで、思い出したかったんだと思う。
 
事実、あの日は楽しかった。
夢中になって漕いで、喋ったあの時間は、不安なんか忘れていて。
ああ、そうだ。俺は、こんな一日を過ごしたかったんだ。
こんな日が、ずっと続けばいいのにな。そんな風に、思ったんだ……
 
……いや、嘘だ。そんな風に思ったのは、ほんの一瞬だった。
 
ようやく戻ってきた、深夜。
家に帰って、すぐにシャワーに入った。風呂に浸かり、その時に考えていたこと。
 
それは、勉強のことだった。
 
「今日サボった分、明日はあれをやらなきゃ」
「他のみんなは、今日も自習していたんだろうな」
「早く、追いつかなきゃ」
 
忘れていたはずの不安は、一瞬で頭に戻ってきた。
その時、僕は、気づいたんだ。
 
今抱えている、不安。
多分これは、受験が終わるまで、無くなることはないだろう。
 
どれだけ、努力したとしても。どれだけ、成績を上げたとしても。
本番で失敗する確率は、決して0にはならない。
 
その日だけたまたま、僕が解けない問題ばかりが出るかもしれない。
僕が高得点をとったとしても、周囲の受験生のレベルがさらに高く、相対的に落とされるかもしれない。
もっと極端なことを言えば、何らかの病気や事故で、満足に受験できないかもしれない。
 
その他の、自分の力ではどうしようもできない、様々な要素。それらも含めて言い出せば、キリがない。
どうやったって、落ちる可能性を潰し切れない。
目を逸らそうが、この事実は決して変わらない。
 
それなら、不安なままでいい。掻き消そうとしても消えないのなら。抱えたまま、一緒にいけばいい。
 
結局僕にできることは、少しでも可能性を上げることだけなんだ。
そのために、やるべきことは何だ。それだけを考えて、実行するしかない。
 
あの日、そんな風に、気づくことができたんだ。
 
吹っ切れてからは、早かった。伸び悩んでいた成績も、じわじわと上がり始め。
最終的には、志望校に現役合格することができた。
 
もちろん、運もあったと思う。だけど不安に負けず、やるべきことをやったからこその結果だと、僕は思っている。
 
 
 
不安に負けそうになる度に、受験生だった、あの日々のことを思い返す。
そして自分自身に問いかけてきた。「今やるべきことは?」って。
 
迷った時。自分の力ではどうしようもないものに、負けそうになった時。
あの時の経験が、心の支えになってきた。
 
それなら、今は?
今やるべきことは、何だろう?
 
4月7日に発令された、緊急事態宣言。
多くの人々は外出を自粛し、街からは人が消えた。
仕事や生活、娯楽など、多くのものの見通しが立たなくなり、
テレビでは暗いニュースが流れ続け、
SNSを開けば、誰かが誰かを叩いている。
 
人々が、日本が、世界が。
分厚い不安の雲に、覆われている。
 
受験生だったあの頃とは、訳が違う。
僕だけの問題じゃない。世界的な、規模の話だ。
 
でも、思ったんだ。結局、同じことなんじゃないかって。
不安の大小、深刻さ、その規模に関わらず。
やるべきことを、やる。それ以外に、自分にできることなど、ないのではないか。
 
油断すると、涙がこぼれ落ちそうになる。
「どうして僕たちから、これほどまでに多くのものを奪うの?」、
「どれだけの人を悲しませれば、気が済むの?」って。
だけど、その言葉を発したところで誰に届くわけでもなく。
悲しみに暮れたところで、現状が変わるはずもなく。
 
いつだって、自分にできることは、ただやるべきことを、やるだけだと気づく。
 
ああ。そうだ。悲しみに、視界を奪われるな。目を凝らせ。
今お前が、やるべきことは何だ?
 
それは、時にリモートを活用しながら、仕事に励むことかもしれない。
脅かされているのは健康だけじゃなく。経済も、同じ。
仕事があるうちは、それを全力でこなすこと。
結果としてそれが、自分のためになり、誰かのためになり、日本のためになるかもしれない。
 
あるいは、徹底的に自分を守ることかもしれない。極力外出を控え、健康に過ごすことかもしれない。
ウイルスの怖いところは、人を介して移動するところ。だけど弱点は、人を介してでしか、移動できないことだ。
 
自分を守ることが、他人を守ることに繋がり、世界を守ることに繋がるのだから。
何もせず、家にいることだって、立派な「やるべきこと」になる。
そう信じて、今はグッと堪えてみせよう。
 
それでも、駄目だ。不安に、孤独に、負けてしまいそうだ。
そんな時は、想像してみてほしい。
 
大好きなアーティストのライブで、会場一体となって喜びを分かち合っている瞬間を。
スポーツの祭典で、心をひとつにして熱狂している場面を。
愛する人たちと会って、楽しく食事をしているシーンを。
 
その未来は今、あなたが自分自身を守ることで、確実に近づいて来ているはずだから。
 
思うんだ。やりたいことができない。会いたい人に、会えない。
やっぱりそんな世の中、間違っている。そんな悲しいことが、あってたまるかって。
 
だからこそ、今はただ、やるべきことをやる。
そうすることで、一日でも早く、望んだ世界になるように。
不安に負けず、繋いでいこう。命を、未来へと。
 
そうしていつか、この暗雲が晴れたなら。
会えなかった期間を埋めるように、肩寄せ合って笑い合いたいな。
 
そんな想像をしながら、今日も生きていくとする。
今は、不安なままでいい。
 
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
メディアグランプリ33rd Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。

 
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