合唱コンクールの練習の出欠をとるのが無意味な理由〜峰不二子を目指す書店員vol.1〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
高校の時のことだ。
私が通っていた高校は市内でも有名なカトリックのお嬢様学校で、毎年5月頃に「合唱コンクール」が行われていた。学年は関係なくクラス対抗で、優勝したクラスが市のコンクールへの出場権を得るそれはそれは熾烈な闘いだった。
そんな熾烈な闘いで、クラスが一丸となって、チームで挑まなければならない……という行事であっても、練習に出ない子というのは一定数いるものだ。その理由は部活だったり、補習だったりするのだけど、あきらかにそういった理由がないのに休む子もいる。
そういう明らかに「ズル休み」する子を出席させるため、毎年のように誰かがいいだすのは、「出欠をとろう」だった。
そして、私もその当時、「出欠をとる」という行為が、強制力のある唯一の行為だと信じて疑わなかった。
人を動かすというのは難しい、と心底感じたのは社会人になってからだった。
私は大学を卒業してから警察官になった。警察官の私は、「自分の言う通りに動いてもらわなければならない場面」に毎日のように遭遇したのだが、それは困難の連続だった。
たとえば花火大会の警備をしているとき。駅への近道が花火の打ち上げ場所に近く、運営元から安全を確認したとの連絡が入るまで、花火の見物客の往来を制限するということがあった。
「ここはだめです、安全が確認されるまで通れません」と、
わたしは、とうせんぼのロープを張った前で立ちはだかっていた。しかし、花火の後で一刻もはやく駅に到着したい人はどうしてもそこを通ろうとするのだ。
最初は優しく理由を説明した「安全が確認されていないので、危ないからだめですよ」と。
それでも見物客は「もう花火は終わったんだから通れるはず」と、あきらめない。
「だからだめなんです」
「危ないんです」
「たしかに、もう花火は終わっているんですけど、安全が保証できなので通せません」
どんなに言い方を変えても、どんなに強く言っても、みんな「どうして近道を通せないんだ」とそればかり。
頑なにわたしが通さないので、しまいには、目の前で中指を立てられたり、口パクで「ばーーーーーか」と言われたり、最後はタックルされそうになり、とうせんぼのロープを何人か突破されてしまった(いま考えると、公務執行妨害な気もするけれど……)
私は悲しかった。たしかに近道で帰りたい気持ちはよくわかる。駅が目の前に見えるのに、そこに若い、小生意気なちびの婦警が立っていて、「だめです」と言われても、納得できないだろう。でもわたしの任務は「安全が確認できるまで、そこを通さない」ということだったのに。どうして私の言葉を聞いてくれないのだろう。私はとても悲しかった。
万引きを繰り返す被疑者に、もう二度と万引きをしないように改心させようとしたこともある。万引がいかに悪いか、他人にどんな迷惑をかけているか、万引がすべての犯罪の入り口だなんて「正しい」ことをいい聞かせれば、その被疑者は改心してくれるだろうと私は一生懸命、ゆうに2時間ほど被疑者を「説得」した。しかし、私の説得もむなしく、被疑者は万引きを1ミリも悪いことだと認めず、0.1ミリも反省の色をみせないままだった。
最後の方はもう、取調室の外で聞いている課長がビビるくらい、被疑者に対してキレまくっていたのだが、それでも被疑者の心は動かなかった。
正しいことを言えば、改心させられる、人の行動を変えられると思っていた私の、惨敗だった。
ちょっとかんがえたら当たり前のことなのだけれど、権力とか、強制力とか、罰則では、人は動かない。人の心を動かすことはできない。
それは愛がお金で変えないのとおなじである。
私の惨敗の理由ははっきりしている。
私が人を動かせなかったのは、「私が相手にしてほしい」ことを押し付けていたからだ。
しかもそれを、権力とか、強制力とか、罰則をたてにして押し付けていた。
でも相手にはそれぞれ相手なりの考えや価値観がある。
花火の見物客は「近道して早く帰りたい」のかもしれないし、
万引きを繰り返すその理由は、「ストレス解消がしたい」のかもしれない。
私は「自分が相手にしてほしい行動」を要求するばかりで、相手を理解することが不足していたのだろうと思う。
人を動かすのは難しい。
きっと誰かが動いてくれないときは「相手の気持ち」が抜けている。
「私が相手にしてほしいこと」にフォーカスしすぎているのだと思う。
たとえ強制力で動かすことができたとしても、それはその人を心から動かしたことにはならない。
心から納得しなければ人は動かない。それはまるで、童話の「北風と太陽」みたいなものだ。
旅人のマントを脱がせたのは、冷たい風を吹き付けた北風ではなく、暖かく旅人を照らした太陽だった。強制力を使った北風ではなく、相手のことを想う太陽の暖かさでやっと「コートを脱ごうかな」という相手の行動を引き出せるのだ。
わたしは、3月から福岡天狼院の店長代理になり、アルバイトを統括し、4月から新入社員の教育も任されるようになって、「相手は、どうすれば自ら動いてくれるだろう」とそればかり考えて、試行錯誤してみるようになった。
私は相手を動かしたいと思っているが、管理がしたいわけではない、強制したいわけでもない。でも、お菓子やケーキをちらつかせて、「ご褒美がもらえるから」と動かすのも違う気がする。
ただ、自分を支えてくれる新入社員やアルバイトに、心から納得し、自分で考え、自分から行動し、いっしょに良いお店を作っていきたいと思い、勉強し、工夫しているのだが、毎日人を動かすことの難しさばかり感じてしまう。
いまならわかる。
あの合唱コンクール練習で「出欠をとる」という行為が、ズル休みする子を出席させるのにはまったく無意味だったということが。
ズル休みの子はきっと合唱コンクールの練習より大切にしたいことがあったのかもしれないし、歌が下手だから人に聞かれたくなかったのかもしれない。
相手のことを理解しないままで、ただ漫然と強制力をつかっても人は絶対に動かない。
出欠をとったって、人は動かない。
では、どうしたら人は動いてくれるだろう……その課題に日々直面している。
■ 伊藤千里(福岡天狼院スタッフ)
日本で唯一「峰不二子になる」と決めている書店員。
1987年生まれ。同志社大学法学部卒。
大学卒業後は警察庁に入庁。警視庁での交番勤務、刑事課勤務の後、霞が関の本庁にて警部補として交通局に勤務。28歳の時「世界で最もストレスフルな仕事」と呼ばれる航空管制官に転職し、滑走路一本あたりの離着陸回数が日本一という福岡空港で3年間働いた。
2019年8月から天狼院のライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、天狼院書店店主三浦からスカウト(?)を受け、2020年3月より福岡天狼院スタッフとして勤務。
趣味は、筋トレ、ストレッチ。健康、美容、栄養オタク。好きな言葉は、スティーブ・ジョブズの”Connecting Dots”
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