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チーム天狼院

いつかの決意も忘れてしまう、愚かな生き物でも。《スタッフ平野のミュージック・ラボ》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
「怖い」と、感じることがある。
日々生きている。様々な経験をして、様々な感情を味わっている。
そうしている中で。
 
僕らはどれだけ多くのことを、忘れてきたのだろう。
 
それは、先日のこと。親に頼まれて、押入れの整理をしていた時のことだった。
どれもこれも、使っていないものばかり。「断捨離魔」の一面がある僕は、嬉々としてそれらをゴミ袋へと放り投げる。
この調子で捨てていけば、大分スッキリする。
 
手前のものを粗方片付けた僕は、奥へと手を伸ばす。出てきたのは、やたらと重量感のある箱。
何が入っているのだろう。開けてみるとそれは、オモチャ箱だった。
 
「いろいろ入っているな……」
 
箱の中には、ギュウギュウにオモチャが入っていた。なんだかよくわからないロボットや、ぬいぐるみ。新幹線を模したオモチャや、全く遊び方がわからないものまで。
だけど、そいつらを見ても、懐かしさは全く湧き上がってこなかった。
こんなオモチャ、持っていたっけ。あんまり遊ばなかった、貰い物だろうか。
いや。あるいは、弟のものかもな。それほどまでに、見覚えがない。
 
とりあえず、全部捨てていいだろう。
こいつは、燃えないゴミでいいのかな。そんなことを思い、青と赤が入り混じった変形ロボットを手に取った、その時。
 
「ああ。それね」
 
通りがかった父親が、僕に声をかける。
 
「お前が小さい頃、それでよく遊んでたんだよ。
懐かしいな……」
 
なかなか捨てられなかったんだよ。そんなことを話しながら、慈しむような目をロボットに向ける父親を見て、胸の奥がギュッと切なくなるのを感じた。
ああ。なんで。
 
俺は忘れて、いたのだろう。
 
父親の口ぶりから察するに、僕はそのオモチャを気に入っていたのだろう。多分何回も、遊んでいたはずだ。それはもう、楽しかっただろう。
でも、思い出せない。それがいつだったのか、とか、どんな遊び方をしていたのか、とか、そんなレベルでなく。
まったくもって、覚えがなかった。僕の中からは、破片すら残さず消えていた。
 
湧き上がってくる、虚しさ。
だけどその感情はべつに何も、その出来事だけに当てられたものではない。
 
悟ってしまったんだ。
どんな思い出であったとしても、いずれは忘れてしまうということを。
 
オモチャの件はもう、しょうがない。忘れてしまったなら。それで、構わない。
だけどきっと多分、もっと大切なことも僕は忘れてしまっているだろう。
 
胸を熱くした出来事や、最高だったはずの思い出だけでなく。
頑張ろうと決意したことや、幼き頃に抱いた夢すらも。
あるいは、「これからもずっとよろしくね」と約束した友達のことだって。
生きてきた中で、どれだけのことを忘れてきただろうか。
 
その瞬間は、思っている。「忘れないでいよう」と。「忘れたくないな」と。
それでも日々、頭から情報は抜け落ちていく。強い感情も、曖昧になっていく。
次第に、忘れたことすら忘れてしまう。
 
当たり前の事実。だけどそれが、虚しくてしょうがない。
今抱いている強い感情も、楽しかった出来事も、いずれは消えてなくなると思うと。
すべてが無駄なのかなって。思ってしまう。
 
でも同時に、しょうがないとも思う。
わかっている。僕ら人間は、忘れる生き物なんだ。
忘れられることで、生きていけるとも言える。
悲しかったことや、辛かったこと。目も当てられないような失敗や、酷い失恋。すべてを鮮度100%で覚えていたら、生きていけるはずがない。
 
次第に薄れ、傷が癒えていく。そうしてまた、一歩踏み出すことができる。
そういう良い側面だって、あるということを。もちろん知っている。
 
それでも忘れたくない強い感情は、一体どうすればいいのだろう。
受験生の時に、聞いた話にヒントがあるような気がする。高校生の頃に教わった、記憶方法のひとつだ。
 
それは、記憶と五感を結びつけるというもの。
例えば、英単語。覚えるときは、どうするだろうか。見て覚えるという人が、大半だろう。
 
だけど中には、口に出しながら暗記する人もいる。音で覚える、作戦だ。
「視覚」のみならず、「聴覚」とも、結びつく。
当然のことながら、「見ただけ」の人よりも、記憶には定着しやすいという。
 
あるいは、「嗅覚」や、「触覚」なども。上手く使えれば、
 
振り返ってみると、心当たりがあった。僕にも、確かにある。
聴覚と当時の感情が強く結びついて、忘れられなくなった出来事が。
 
 
それは、2018年末のこと。当時、社会人一年目だった僕は、どん底の状況にあった。
新卒で入社した、広告会社。だけど様々なことが、思い通りにいかなくて。
想像とはまったく違った業務。会社には教えるだけの人員の余裕がなく、ひとりで試行錯誤しながら営業に挑む日々。ただ手を変え、品を変えやってみても、改善は一向に見られず、心が次第に死んでいくのを感じた。
 
社内の人間関係も、上手くいかない。自分は必要な存在なのかと、深刻に思い悩んだ。
思い描いていた社会人の姿から、遠く離れている自分の姿を憂い、嘆いた。電車に乗っていて、突然涙を流すようなことも珍しくなかった。
 
トンネルから、抜けられないままに迎えた、大晦日。
僕は友人たちと初日の出を観に行こうと、深夜にドライブに繰り出した。
 
車中で年を越し、流れていく景色を観ながら、一年間を振り返っていた。
2019年は、このままじゃダメだ。新年早々、焦りに近い感情を、ふつふつと感じていた。
 
下道のまま、海まで走る。外に出てからは、あまりの寒さに考える余裕などはなく、ただひたすらに凍えていた。
曇っていた。観れるかなという、懸念はあった。しかし凍えながら待っていると。
太陽は僕らの前に、姿を現した。初日の出だ。
 
美しさに惚れ惚れしながら、頭の中に、ある曲が流れた。
 
それは、くるりの『その線は水平線』という曲だ。
当時観た風景と、抱いた感情が、この曲とぴったり合致していた。
 
車に戻り、友人に頼んですぐこの曲をかけた。
観たばかりの初日の出を頭の中で反芻しながら、僕はゆっくりと決意した。
 
ああ。やっぱり、俺は。
変わりたい。このままじゃ、ダメだ。
今年一年、なんとしてでも変わらなきゃ。
 
2019年は、変化の年にしよう。
『その線は水平線』を聴きながら、確かにそう誓ったんだ。
 
 
 
わかっている。
決意すること。それ自体には、何の意味もないということを。
意気込んでみたはいいけど、何も成し遂げられなかった。この世は、そんな失敗で溢れているから。
 
強い感情も、やがては薄れていく。時間経過と共に、風化していく。
いずれは、思い出せなくなる。内容だけでなく、決意したこと、そのものすらも。
だから、この感情に、意味なんて何もないんだ。わかっている。それだけども。
 
あの日の決意が、すべてのきっかけだったと思えてならない。
あれから数日が経ち、僕は現状を変えるために「ライティング・ゼミ」に申し込んだ。そうして天狼院と出会い、受講していく中で、日々が好転していくのを感じた。
 
気づけば自分がスタッフになり、お客様にゼミをご案内する立場になった。それからは忙しくも、充実している日々。電車の中で泣いていたことなど、気づけば遥か昔のように感じた。
2019年は、それほどまでに変化した一年だった。
 
この曲を聴くたびに、何度でも蘇る記憶。
目の前に広がる、砂浜。人はまばらなままで。
青色とも白色とも言えないような、曖昧な海と空。一方で、ハッキリ赤とわかる太陽。
寝不足で、気だるい身体。それでも待ちわびた日の出に、確かに感動を覚えたんだ。
 
大丈夫。感情込みで、思い出せる。
「変わりたい」と思った、あの日のことを。
 
この曲の歌詞は、背中を押してくれる。
だけどそれは、決して押し付けがましくなく。浮き足立っているわけでもなく。地に足のついた、そんなイメージ。
 
遠くをじっと見つめるような。気怠げだけど、どこか力強くて。
シンプルだけど、何層にも折り重なるような。そんな「くるり」らしい魅力を持った、懐の深い名曲だ。
 
あの時抱いた感情は、今もこの曲の中に、確かに残っている。
それこそタイムカプセルのように。風化させずに、大切にとってあるんだ。
 
確信している。これからの人生で、立ち止まりたくなった時。またこの曲を、聴くことになるだろうと。
「変わりたい」と思ったことを。「変われた」という経験を思い出して、前を向く力を、くれるはずだから。
 
そうしてまた、「忘れたくない」と、心の底から願うような出来事に出会えたなら。
 
その時々の感情は、素敵な音楽に預けて、
生きていこうと思う。
 
 
 
くるり『その線は水平線』
 
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。ライブスタッフ歴4年。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
学生時代には友人とのバンド活動に励む一方で、ライブスタッフとしても活動。
14,000人以上の契約社員の中で、80人程度にしか与えられないチーフの役割を務める。
小さなライブハウスから、日本武道館、さいたまスーパーアリーナまで、様々なライブ会場での勤務経験あり。

 
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