そのとき僕は天狼院書店「東京天狼院」を閉店させようかと本気で考えた。《天狼院通信》
今年1月27日にオープンしたばかりの天狼院書店の3店舗目「京都天狼院」にいたときのことである。
京都天狼院の2階には、ガラス張りになっていて、デスクが置かれている部屋があり、そこは「京都本陣」となづけられている。
僕の京都での仕事(カンヅメ)部屋である。
その部屋は大和大路通にガラス一枚で面しているので、ここでフルスロットルで仕事を片っ端から片付けているときにでも、外を通りかかる人の声が聞こえてくる。
二人の女性が通りかかり、京都天狼院を見た一方が、もう一方にこう言ったのが聞こえてきた。
「すごい、天狼院書店ここにできたんだ!」
それは、とても興奮した声音だった。まるで小さなディズニーランドが近くにできたというような。
「天狼院書店?」
「東京で有名な本屋さんだよ! いやー、こんな近くにできるなんて!」
僕は、それを聞いて、ため息をひとつ、吐いた。
やれやれ、である。
おそらく、その人は、たぶん、友達に聞くか、メディアを見て天狼院を知っていて、実際には東京池袋の「東京天狼院」に行っていないだろうと思った。
天狼院書店を経営している僕には、悩みがある。
後から出来て、投資規模もまるで違う「福岡天狼院」と「京都天狼院」に通っているお客様が、1店舗目の「東京天狼院」に行ったときに、がっかりするだろうと結構な確信を持って思えるからだ。
まず、「東京天狼院」は、狭い。
売り場面積は12坪ほどでしかない。
それなので、イベントが開催されている時間帯は、本屋としてもCAFEとしても機能が制限されてしまう。
せっかく、ワクワクして遠くからいらっしゃったお客様が、それでがっかりして帰ることがあることは、僕は経営者として重々承知していた。
それはそうである。
本屋に来たと思ってきたのに、イベントで人がいっぱいになっていて、本もまともに見れないとなれば、頭に来るに決まっている。
しかも、「東京天狼院」は、駅から微妙に遠い。
商店街というよりか、もはや住宅街にあり、2階にあるので、見落として迷子になる方も多い。
たとえば、雨や雪の日に、または真夏の暑い日に、初めて天狼院を訪れたとしよう。
結構大変なことである。
それで、イベントをやっていて、入れなかったとしたら、どうだろう。
がっかりの程度も半端ないことだろう。
「あれは、本屋じゃない」
「本屋を名乗らないでほしい」
そんな声も、聞こえてくる。それも、当然である。僕も、賛成である。
正直、僕だって、駅前で大きな本屋をしたい。
池袋の駅ナカや、デパートや、人通りが多いところで、大きな本屋をやってみたい。
けれども、天狼院書店は、何の後ろ盾もない個人から始まっている。
元々、僕はお金があったわけでも、知名度があったわけでも、実家が本屋だったわけでも、土地があったわけでもない。
本屋をやりたくて、小さな本屋をオープンした。
もちろん、好きで小さな本屋をやっているわけではなく、本当を言えば、大きな本屋をやってみたいのだ。
しかし、有り体に言ってしまえば、僕にはお金がなかったのだ。力がなかったのだ。
2013年9月26日に東通りの外れにオープンさせた天狼院書店「東京天狼院」は、僕が精一杯背伸びをしてようやく作った本屋だった。
最初は、本だけで経営を成り立たせたいと思った。
本だけが飛ぶように売れることを夢見ていた。
ところが、現実はそう甘くはない。
最初のお客様はほとんど知り合いだった。
でも、知り合いは、毎日1万円分本を買ってくれるはずがない。
その波が引くと、いきなり閉店の危機が訪れた。
2013年9月26日にオープンし、2013年12月末には、すでに潰れそうになっていた。
潰れそうなことを察知した当時いた社員は、まるで沈没する船からねずみがいなくなるようにして、自分の給与を確保していなくなった。
僕とアルバイトと大学生のインターン生だけが潰れそうな小さな船に取り残された。
ただ、もちろん、潰すわけにはいかなかった。
企業にとって、絶対的な正義は、存在し続けることであると僕は考えている。
なんのかんの言われつつでも、重要なのは、存在し続けることだ。
高邁な理念が実現されないのであれば、切腹してお詫びをするというのは、もはや、ビジネスではない。
単なる、自己満足だ。
バカだ、アホだと言われつつも、しっかりつ存在し続けることが、結果的に社会の役に立てるようになる。
そのためには、収益を上げなければならない。
収益を上げられているというのは、おそらく、人の役に立っていることの裏返しなのだろうと単純に考えている。
すくなくとも、反社会的なことさえしなければだ。
僕は生きるために、天狼院で様々な新しいビジネスモデルを発案し、遂行し、その9割がうまくいかなかった。
今残っているのは、およそ1割で、それは僕がやりたかったというよりも、お客様が必要だと思ったから残ったサービスだと僕は思っている。
天狼院秘本や天狼院の福袋、処方箋といった様々な本にまつわる新しいサービスを発案し、それは今も続いているが、それと同等かそれ以上に、お客様が選択したのが、雑誌の定期購読でも配達でもなく、部活やゼミだったというだけのことだ。cafeやBARだったというだけのことだ。
旅行だったというだけのことだ。
決めるのは、僕ではなく、あくまでお客様である。
お客様の欲望を一つ一つ必死で叶えていると、なんとか、潰れないで店を回せるようになった。
すると、面白いことをしている書店と、数々のメディアに取り上げてもらえるようになった。
全国から、お客様が来るようになり、自分の街にも天狼院がほしいと言ってもらえるようになった。
僕が出したかったということもあるが、それは恋愛と一緒で、僕が結婚したいと一方的にいったところで、その街がOKしなければ、店舗というものは出店し得ないと僕は思っている。
そのようにして、「福岡天狼院」や「京都天狼院」はでき、「神戸天狼院」などは神戸の方々の強い要望の元に今、かたちになろうとしている。
もちろん、そうして後からできた「福岡天狼院」や「京都天狼院」は、「東京天狼院」での数々の失敗を踏まえて創られているので、「東京天狼院」よりも優れたサービスを提供できる場になっている。
第一、店が「東京天狼院」よりもはるかに広い。
「福岡天狼院」は「東京天狼院」の2.5倍ほどで、「京都天狼院」にいたっては1階2階合わせて3.5倍くらいある。
それくらい広くなると、基本的には、イベントがやっていたとしても書店とcafeの機能が死なない。
「京都天狼院」では、書店の機能は1階のみなので、2階でイベントをやっていたとしても、書店とcafeの機能は完全に生きている。
ところが「東京天狼院」は、そうはいかない。
なにせ、12坪である。
イベントをやっていると、狭いので、やはり十分に機能できなくなってしまう。
結果的に、お客様にご迷惑をかけてしまうことが多い。
それなので、福岡天狼院や京都天狼院にいるときに、
「今度、東京に行くんで、東京天狼院によりますね!」
と言われると、複雑なのだ。
「天狼院生誕の地なので、狭くて、大変ですよ」
なぞとどうしても言い訳がましく言ってしまうのだ。
「ぜひ、東京天狼院に行ってください!」
とは、正直、ならない自分がいた。
去年の12月に同じ池袋にスタジオ天狼院を作った。
フォト系のイベントだけでなく、イベントをここでもできるようにしたが、すべて収まるわけではない。
また「京都天狼院」にいたときのことである。
2階のオフィス、「京都本陣」で仕事をしていると、大和大路通を歩いている人の声がまた聞こえてくる。
二人連れらしい。
「ねえ、ねえ、ちょっと見て。あの天狼院がオープンしたんだね! うわー、京都にもできたんだー」
「天狼院って?」
「ほら、有名な本屋さんだよ。コタツとかあって。友達が面白いって言ってた」
ありがたい話だ。
でも、僕はやはり、やれやれ、だと思っている。
そんな期待をもってもらっても、「東京天狼院」は「京都天狼院」とは違う。狭いし、庭もないし、ギャラリーも吹き抜けもない。
観光地にあるわけでもない。
これを見たお客様が、満足するとは、とても思えない。
だとすれば、こんな想いをするならば「東京天狼院」を閉めたほうがいいのではないだろうかと考えてみた。
もっと力をつけて、東京でも少しは大きな店が出せるようになるまで、力を蓄えたほうが、お客様もがっかりしないのではないだろうか。
僕はスタッフLINEに「率直な意見を求む」とおそらく、流したんだろうと思う。
「東京天狼院を、一時的に閉じたらどうだろう。お客様が満足できる店舗が出せるようになったら、また出すという手はないだろうか」
もちろん、みんなからの意見は、東京天狼院は、存続すべき一択だった。
スタッフは、迷いない。
迷っているのは、僕だった。
僕だったら、誰よりも痛烈に、東京天狼院をディスれるだろうと思った。
――でも、どうして、僕はお客様が満足しないと思い込んでいるのだろう。
どうしてだろう。実は、イベントは、そもそもお客様があまり入らない時間帯に集中させている。
ピークタイムになる時間帯には、イベントを基本的には入れていない。
それなのに、どうして、お客様が満足しないと思っているのだろう。
答えは、簡単だ。
僕自身が、今の東京天狼院が好きではないのだ。
おもえば、福岡にいる際は結構「福岡天狼院」にいて仕事をしているし、ランチも「福岡天狼院」で食べる。
「京都天狼院」は、もう通わないと気がすまない。本当に好きだ。あの空間がとても好きだ。
けれども、東京にいても「東京天狼院」にいるときは、ほとんどない。僕が登壇するイベントのときくらいだ。
僕は、今の「東京天狼院」が好きではないのだ。
だから、自分がオーナーだというのに、あそこ、とてもいいよ、とは胸を張って言えないし、「東京天狼院」を使うこともほとんどない。
それでは、なぜ「東京天狼院」が好きではないのだろう。
これも、すぐに理由に思い当たった。
「東京天狼院」の中心にあった「黒船来航」という販売台を失ってから、たぶん、東京天狼院は急速に、いわゆる「本屋」の機能を失っていったのだろう。
「黒船来航」は、僕がスケッチブックに描き、大工さんが手作りで作った、書籍の販売台だった。これが、東京天狼院の中心にあって、お客様はこれを回って、本を買ってくれていたのだ。
改装のときに、まるでゴーイングメリー号のように、「黒船来航」は沈んだ。
それから、東京天狼院は、いわゆる「本屋」の機能を、少しずつ、薄めて言ったんだろうと思う。
いや、東京天狼院ではない。
問題は、僕だった。
スタッフに、みんな任せっぱなしで、僕は店頭に立つことがなくなった。
本格的に書店人としての訓練を受けているのは、僕以外にいないにも関わらず、東京天狼院を放置したのだ。
もし、東京天狼院が面白くないのだとすれば、それは、すべて僕の責任だ。
お客様が欲しているイベントやcafeは必要である。
問題は、シンプルだ。
いわゆる「本屋」としての機能が、とても薄れているのだ。
そして、そのいわゆる「本屋」としての機能を回復させ、さらに良くするには、手段はひとつしかない。
辞 令
三浦 崇典 殿
平成29年4月1日をもって天狼院書店「東京天狼院」店長に任命します。
主に「書店の部門」の拡充に尽力し、書店の前線において、本によって人生を変えるお客様を一人でも多く獲得することを期待します。
以上平成29年3月31日
株式会社東京プライズエージェンシー
天狼院書店代表取締役社長 三浦 崇典
これしか、僕は思い浮かばなかった。
実は、今、少し緊張している。
それはペーパードライバーが久方ぶりに車を運転するときの感覚に似ているだろう。
もちろん、経営があって、全部が全部、店舗にいられるわけではないが、東京にいる土曜日曜は、多くの時間、店舗に立とうと思う。
「いらっしゃいませ!」
が自然に言えるか、ちょっと不安なのだ。
そして、それよりも、楽しみである。
今の僕が店長をするなら、やりたいことが無数にあるのだ。
最初は、棚はつまらないだろう。
けれども、店頭にいて、お客様からお話を伺いながら、いい書店を構築して行こうと思う。
そして、福岡天狼院や京都天狼院に、全力で勝とうと思う。
僕が「東京天狼院」の店長をやるからには、超絶面白いことにしてやろうと、今はワクワクが止まらないのである。
〔天狼院書店店主および東京天狼院店長の三浦が店に立っている時間帯〕
4月1日(土) 10:00〜22:00 *19:30からは雑誌編集部に登壇
4月2日(日) 15:00〜22:00 *イベントの時間帯有り
*途中、休憩に出る場合があります。
【天狼院書店へのお問い合わせ】
TEL:03-6914-3618
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
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