チーム天狼院

赤ちゃんに、なりたいです。《スタッフ平野の備忘録》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
爆発的なブームだった。
僕は結局、観なかったけれど。そのフレーズは、頭に強く残っていた。
 
『アナと雪の女王』の一作目が公開されたのは、もう6年も前になる。
昨年また続編が出たらしいね。それもまた100億以上売り上げたらしいけれど。
やっぱり印象的なのは、2014年当時の、流行り方だ。
 
周囲は皆、観ていたように思う。好きな人は、何回も行っていた。あの曲を、聴かない日はなかった。
それくらいの、大ブームだった。
 
なんやかんやで観に行かなかった僕だけれど、傍目から観ていて思った。
映画の内容そのものも、良かったのだろう。あるいはグラフィックや、歌。キャラクターも。そもそも、ディズニーというブランドが、強力なのもある。
だけども多分、そのフレーズが人々の心にフックしたんじゃないかな、と。そう思ったんだ。
 
「ありのまま」という、フレーズ。
良い言葉だな、と。観に行かなかった僕ですら、思ったんだ。
 
「ありのまま」で、いい。
生きていて、そんなことを言われる場面はそうないと思う。
 
日本に根付いている「本音」と「建前」の文化。相手や周囲のことを思いやり、不必要な本音は言わないことが、美徳とされている。それこそ、「ありのまま」ではいられない空気がある。
大人になると尚更のこと。10代の学生たちも、そうかもしれない。
周囲から、のけ者にされないように。そうやって生き抜くことが、身体に染みついてきた。
 
「ありのまま」でいられるのは、どんな瞬間だろうか。
自宅に、一人でいる時だろうか。恋人や、親しい友達と一緒にいる時だろうか。
あるいは、好きで好きでたまらない、趣味に没頭している時かもしれない。
休日は、そんな風に時間を費やすという人が、多いように思う。
普段社会や、学校の中では、「ありのまま」では、いられないから。
 
そもそも、「ありのまま」を出すのって怖いよね。
受け入れられなかったらどうしようとか、そう思っちゃうよね。
「ありのまま」を否定されたら。それは自分の本質を、否定されたようなものだから。
そういった恐怖からも、なかなか「ありのまま」ではいられないように思う。
 
だからこそ、「ありのままでいいよ」って言ってくれるあの映画には、力があったんじゃないかなって。
開放感が、快感が、確かにそこにあって、あれだけ流行ったんじゃないかなって。
そんな風に、思ったんだ。
 
僕たちは多分、肯定されたいんだ。
「あなたはあなたでいいよ」って。
「ありのままでいいよ」って。
そんな風に承認されたら、どれだけ安心するだろうか。
 
街中で見かけた、赤ちゃん。お母さんに抱っこされて、眠っている。かわいいね。
 
同時に思った。赤ちゃんに、なりたいなって。
「え? 何言ってんだお前」って思うかな。まあ、そうかもな。でも僕は、思ってしまった。
 
赤ちゃんは、何もしていない。というより、何もできない。
でも、みんなからも愛される。なんだって、やってもらえる。
「ありのまま」を、許されている。
 
まあ、そりゃそうだ。いつかの自分も、そうやって育ててもらったのだから。
でも瞬間的に、羨ましいと思ったのは確かだった。
あんな風に、「ありのまま」を受けいれてもらえたらなって。
 
甘やかして欲しい。
何もしなくてもいいような。そんな、生活がしたいなあ……
 
……
 
……
 
……いや。それって本当に、幸せなのかな?
何もしなくていいよって。仕事や、辛いことも、何もせず。
やりたいことだけ、楽なことだけやって。
 
誰の役にも立たず。何も成長することなく。
痛みも、苦みもない、生活。
本当に、そんな風に、なりたいのかな?
 
……違う、と思った。
楽なのは、いい。そういう瞬間も、必要だと思う。
だけど、「楽」と、「楽しい」は、漢字は同じでも、本質的に違うと思った。
 
今までの人生を振り返る。心を震わせた、あの瞬間。
必死に受験勉強して、成績を上げた時。
仕事において、出来ることが増えた時。
誰かの役に、立てた時。
 
そのいずれも、「ありのまま」の自分ではできなかったことだと思う。
できるようになるまでに、確かに痛みが存在した。だけどそれを乗り越えて、できるようになった時。
変わった景色に、胸を躍らせたのだと思う。
 
思い描く、理想の大人の姿。
それは、向上心を持ち続けている人だ。今の自分に満足することなく、貪欲に成長しようとする。そんな姿にこそ、憧れを抱く。
 
だから僕は、天狼院が好きなんだ。
ここには、向上心のある人たちが、集まってくるから。
 
集まる人の多くは、普段は忙しく働いている。主婦など、家庭で活躍している人もいる。
いずれにせよ、社会や、周囲の人々に貢献している、立派な大人たちばかりだ。
 
それだけでもう、十分なはず。満足してもいいように思う。
だけど天狼院に来る人たちは、そうじゃない。
忙しく働く中でも、さらなる成長を遂げるために。ライティングや、ビジネス。あるいは教養など、それぞれが新たな学びを得ようとしている。
 
あるいは、何らかの事情で仕事ができていない人でも。
此処に集まる人たちは、向上することを諦めていない。
 
カッコいいと、思った。
時にもがき苦しみながらも、今よりも前に進もうとする。そういう魅力的な大人になりたいと、天狼院の中で、そう思ったんだ。
 
反対に、どうだろうか。
「ありのままの自分を、愛してくれ」と言うだけで、努力も成長もしようとしない人間は。
 
魅力的な、わけがない。
「ありのままの僕」なんて、愛されるはずがないんだ。
特別美人とか、イケメンとかならまだわかんないけど。
そういうわけでもないし。愛してくれるとしたらせいぜい、親くらいかもね。
 
「ありのままの僕たちは、愛されない」
これはもう、紛れもない事実だ。
 
別にそんなの、残酷でも何でもない。置き換えればすぐ、わかることだ。
恋人同士だってそうだろ。
楽しみにしていたデートに、部屋着に、寝癖で来られたらどう思う?
「これが、ありのままの私だから」って。
 
やる気ないのかなって思うよね。
腹が立つよね。時には、帰りたくなるほどに。
バッチリ決めて来いよって思うよね。俺だって、そうするよ。
 
考えてみれば、当たり前のこと。
「ありのままの自分」を押し付けてくる人より、
少しでも良くあろうと、努力する人の方が魅力的に決まっている。
 
だからやっぱり、赤ちゃんになんかなれなくてもいい。
 
……いや、赤ちゃんにはなりたいよ。そりゃ、あんな風に甘やかされたいって。思うこともあるよ。
けど、なれないから。僕が目指すべきは、赤ちゃんじゃない。
 
現状に満足せず、貪欲に成長する。
そうして力をつけて、周囲に貢献できるような。
そんな姿を、目指していきたい。
時に転ぶこともあると思う。立ち止まりたいなと、そう思うこともあるかもしれない。
 
でも多分、大丈夫なんじゃないかな。
 
「ありのままのお前は愛されない」と、
僕はもう、知っているから。
 
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ24歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
現在に到るまで、『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、3作品でメディアグランプリ1位を獲得。

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