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チーム天狼院

「お利口シャワー」が欲しかった。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:斉藤萌里(チーム天狼院)
 
 
「峰くん偉かったね、お利口シャワー!」
 
1年2組の教室で、担任の花田先生が、峰くんの頭をごしごしと撫でた。親子で一緒にお風呂で入って、親が子供の頭を洗うときのように。先生自身その場面を思い浮かべながら彼に「お利口シャワー」を浴びせていたんだと思う。
教壇の前にある教卓。
左端に先生の机。
その教卓と先生の机の間で、峰くんはことあるごとに、金山先生から「お利口シャワー」をもらっていた。「お利口シャワー」をもらえるのはクラスでただ一人、この峰くんだけで、彼が洗礼を受けている間、私たち他の生徒はただ黙って先生と彼のことを見つめることしかできなかった。
 
峰くんはたぶん、特別だった。
それは、彼が優等生だったからじゃない。
その反対だ。
彼には申し訳ないが、峰くんは一般的に言うところの、劣等生に違いなかった。
まず、毎日が遅刻で始まる。しかも頭の後ろの寝癖がとれていない。一時間目の途中で悪気なく「おはようございます」と堂々と入ってこられるのが逆に清々しかった。
勉強ができないのはもちろんのこと、宿題だってやってこない。
給食の時間は、昼休みまで残って教室で給食を食べていた。
残さず食べなければいけない、というルールを押し付けられて食べ続ける彼の根性は、逆にすごいと思った。私だったら途中で音を上げている。「頑張ったけど食べきれませんでした」と申し訳なさそうな顔をして、「あらあら、それなら仕方ないわね」と優しい言葉をかけられるのを待つだろう。
だって、まだ小学校1年生なのだ。
少しぐらい甘えたって、いいじゃないか。
峰くんだって、なんだかんだで「宿題忘れました」ってすっとぼけて言うことが多い。
というか、9割型「できませんでした」「忘れました」だ。しかも、宿題をやってこなかったことを反省していないのか、いつだってへらへら笑っていた。
1年2組のお母さん的な花田先生は、峰くんが宿題をやってこないことが多すぎて、もはや彼が宿題をサボることが当たり前だと思っている。叱るのも叱るので大変だろう。だって毎日同じように叱ってる。「またやってこなかったのね」という言葉、彼にどれだけ届いているんだろうか。
だから、峰くんに宿題を出さなかった時の注意は、私たちクラスメイト全員にとって、優しく聞こえた。
人間、どんなに怒っても、惰性で毎日同じことを繰り返していれば、そこに怒りなんて込められなくなるんだな。
幼い私たちは、私たちなりに先生の心のこもらないお叱りを、まあ仕方ないよねって目で傍観していた。
 
しかし、そんな峰くんだって、いつもいつも、劣等生だった、というわけではない。
ある日、遅刻や宿題忘れを繰り返していた彼が、ちゃんと朝礼までにやってきて、宿題も出す、ということが起こった。
私たち普通の生徒から見ればまあ本当に「普通」のことなのだが、花田先生も側から見ていた私たちも、驚きを隠せなかった。
 
まさか。
あの峰くんが。
だって、あの峰くんが、だよ。
遅刻もせず、宿題もやってくるなんて、一体何が起こったというのだ。
 
今考えると非常に失礼な話だが、彼が普通のことを普通にこなしてきたことに、教室中がざわめいた。よく、「○○が風邪を引くなんて、天変地異の前触れじゃない?」と、馬鹿で風邪を引かないと言われている人に対し思うことがあるが、それと全く一緒だ。普段きちんとしていない人が突然当たり前のことを当たり前にしてきたときの威力って、こんなに凄まじいものなんだ。
 
当時小学1年生。
まだぜんぜん、世間に揉まれもせず心がきれいなままだった私(たち)は、単純に「峰くんえらい」と思った。
いつも全然やることやらないのに、すごいね。
昨日と今日何があったのか分からないけれど、宿題ちゃんとやってきたのは、成長したんだな。
 
私たちクラスメイトの感心は満場一致のものだった。
しかし、一番心が昂ったのが誰かと言えば、もちろん花田先生に違いなかった。
 
「峰くん、おいで」
 
その日の帰りの会だった。
普段は明日の連絡事項と、今日の宿題を共有して、もうそろそろ終わるかな、帰れるかな、とソワソワしていたとき。
花田先生が椅子から立ち上がって教卓の横で峰くんを呼んだ。
「はあい」
気の抜けたような返事をして、てってと自分の席から教室の前まで歩いて行った。
なんだなんだと、峰くん以外の生徒が、事の成り行きを見守る。
 
「峰くん、今日は宿題やってきて、偉かったわね、お利口シャワー!」
 
花田先生が、彼を後ろから抱きしめるような体勢で彼の頭をごしごし撫でたとき、正直私たち1年2組の生徒は、なんじゃこりゃ、と教室の前で繰り広げられる洗礼に釘付けになった。
親子と言われてもおかしくない花田先生と峰くんが二人で戯れあっている様子を、部外者が傍観しているかのよう。この瞬間、教室の中は彼と先生だけの世界になったようだった。
峰くんは峰くんで、まんざらでもなさそうにまたヘラヘラ笑っていた。
 
「また明日も宿題持ってきてね」
 
お母さんが息子を甘やかすみたいに、洗礼が終わったあとも先生は彼にニコニコと嬉しそうな表情を向けた。
また、「はあい」と聞いているのかいないのか分からないような返事をして、彼は席に戻った。その後はいつも通り、帰りの会が終わり、皆でさようならの挨拶をして帰った。
 
あれは、何だったんだろう。
先生の「お利口シャワー」、始めて見たけど、なんか、ちょっと羨ましい。
正直私はそう思った。
 
花田先生は生徒からとても人気のある先生だった。
小学生になって初めて「担任の先生の発表」という一大イベントが行われた時、本当言うと、他のクラスの若い女の先生を見て、「いいなあ」と思わずにはいられなかった。
当時は「若い女性の先生=優しい」という方程式が頭の中に勝手に構築されていたので、1年2組の先生が花田先生だと知った時、少しがっかりしたのは否めない。
見た目的には母親と同じぐらいの年齢の女性で、若くて綺麗な女性の先生だったらいいな、という希望が早くも打ち砕かれてしまったからだ。
 
しかし、実際に学校生活が始まってみると、その時の「がっかり感」はまったく無意味なものとなった。
花田先生は、とても優しくて生徒想いの先生だった。
いつもにこにこ笑っていて、笑うと目が線になるような人で、顔には年相応の皺が刻まれている。まさしく、「理想のお母さん」という風貌と性格が私たち生徒の間で人気だった。しかも、外見の良さではなく、関われば関わるほど先生のことを、良い先生だと思ってしまう。担任の先生が花田先生で良かったって、心から感じられた。
 
私は花田先生から一度も怒られたことがなかった。
友達とちょっとした喧嘩をし、友達が私と揉めたことを先生に伝えた時も、「〇〇ちゃんにも(私の名前)事情があったのよね?」と、まずは私の言い分を聞いてくれた。
実際喧嘩なのでどちらが悪いということはなく、お互いの問題だったので、一方的に悪者にされなかったことが救いだった。
 
この人はちゃんと、私のことを見てくれている。
先生になら、なんでも話せるしなんでも分かってもらえる。
 
花田先生が、本当に好きだった。
きっと私だけじゃない。
クラスのみんな、先生のこと、好きだったと思う。
母性溢れる先生から褒めてもらいたいと思ったし、先生に褒められるなら宿題だってちゃんとするし遅刻なんか絶対にしないと誓った。
 
私も、峰くんみたいに「お利口シャワー」が欲しい。
頑張ったね、偉かったねって言って欲しい。
髪を撫で、頭を抱き、先生が笑顔で褒めてくれたら。
先生の胸に、自分の全てをあずけてみたかった。
 
けれど、どうやら私は「お利口シャワー」をもらえないらしいということに、すぐに気がついた。
峰くんが初めて「お利口シャワー」をもらってから幾日か経過した。
彼は相変わらず遅刻も宿題忘れもしたけれど、ごく稀にどちらもきちんとこなす日があった。
その度に、花田先生はやっぱり彼に「お利口シャワー」をあげた。
いいな。
私も欲しいよ。
峰くんだけ、いいな。
私も、宿題やったのに。
遅刻もしていないのに。
給食当番もサボらずやった。
テストで100点もとったよ。
 
それでもやはり、ダメだった。
 
私だけでなく、クラスの誰も。
峰くんと同じように、「お利口シャワー」はもらえなかった。
 
むんむんと、お腹の奥底から湧き出てくる不満。
どうしたら、「お利口シャワー」がもらえるの?
峰くんと一緒じゃだめなの?
峰くん以上に頑張ってもだめなの?
 
幼い私は、幼いなりに精一杯思考をめぐらして考えたんだけど。
どうしても、「峰くんよりも全てのことを確実にこなしても、洗礼を受けられない」という事実に、その論理的破綻に、納得がいかなかった。
本当は、花田先生に聞きたかった。
 
峰くんと私は、何が違うのでしょうか。
峰くんと皆は、何が違うのでしょうか。
 
当たり前のことを確実に実行することが、正義ではないのでしょうか。
それをやれば、彼と同じように「お利口シャワー」がもらえるのでは、ないのでしょうか。
 
あまり人に物を言うタイプの人間ではなかった私は、胸の奥にたまったやり場のない疑問を、全て呑みこんで蓋をしようと努めた。
最初は寂しくて、不満だった。
でも、途中から強がって、「大丈夫。先生は私のことを見てくれている」と思い込むようにした。そうしなければ、先生が私の頭を撫でてくれない理由を考えて落ち込むことがなかったから。
 
峰くんはその後も先生に、ことあるごとに「お利口シャワー」をもらった。
私も、クラスのみんなも、いつしか「お利口シャワー」が峰くんだけのもので、彼の特権であることを悟り、先生から彼に対する洗礼も、「ああ、またやってる〜」と笑って見られるようになった。
私が特別だから、「お利口シャワー」がもらえないのではない。
峰くんが特別だから、「お利口シャワー」がもらえるんだ。
幼な心で察した二人の“特別”は、自分や他の生徒には決して手に入らないものだと、ある種の諦めがついた。
 
峰くんはやっぱり、小学1年生での1年間、先生からの「お利口シャワー」をもらい、また頭を撫でられたと思えば遅刻、忘れ物を繰り返していた。
1年生の最後の授業。
「1年間お疲れ様でした」という花田先生の労いの言葉を受けながら、3学期の通信簿をもらい、中を開いてみた。
そのとき、私の目に止まったのは、3学期の成績ではなく、「先生からのコメント」という欄だった。
毎回学期の終わり、通信簿を渡す際に担任の先生から成績についてのコメントをもらえるのだということを、小学校に入って初めて知った。
 
しかし、3学期の通信簿のコメント欄は、いつもと違っていた。
 
「もえりちゃんは、1年2組のお姉さん的な存在でした」
 
その一文が、心を鷲掴みにした。
 
お姉さん。
 
花田先生からそんなふうに見られていたなんて、少しも知らなかった。だって一度も、面と向かって言われたことがなかったから。
しかも、家では三人兄弟の末っ子。周りの年上の人にはひたすら、「かわいいねえ」と言われて育った部類の人間だった。末っ子特有の、甘えたところも含めて。
そんな自分が「お姉さん」だなんて、恥ずかしい。
恥ずかしいけど、照れ臭くて、ちょっぴり嬉しい。
 
 
花田先生にとって、私を「お姉さん」だったんだ。
だから、峰くんみたいに「お利口シャワー」がもらえなかったんだ。
当たり前のことを当たり前にこなすことで「お利口シャワー」がもらえる立場ではなかったんだ。
もしかしたら、峰くん以外の他の子たちも、先生に「お兄さんみたいな存在」とか、「しっかりしてるね」とか、こちらが背伸びして胸を張ってみたくなるような言葉をかけてもらったのかもしれない。
言葉がなくても、花田先生としては、みんなのことそう思ってたんじゃないかな。
 
大人になったいまでも、時々「お利口シャワー」が欲しい、と思うことがある。
髪を撫で、頭を抱き、他人から笑顔で褒められたら、と。
自分の全てをあずけてみたいと思うほどの包容が欲しいとも。
 
でも、当たり前のことを当たり前にやって、誰かに認めて欲しいという気持ちはすっかり消えていた。
それよりも、何か自分の一生懸命になれることをして、認められたいと思う。
 
「お利口シャワー」がもらえなかった小1の私は、花田先生のイメージしていた私に、近づけたでしょうか。
 
峰くんはいま、どんな大人になっているでしょうか。
先生。
「お利口シャワー」は、もういらないね。
 
 
 
 

■著者プロフィール
天狼院書店スタッフ。
1996年生まれ23歳。福岡県出身。
京都大学文学部卒業後、一般企業に入社。2020年4月より、アルバイト時代にお世話になった天狼院書店に合流。
天狼院書店では「ライティング・ゼミ」受講後、WEB LEADING LIFEにて『京都天狼院書店物語』を連載。現在は小説家を目指して活動中。

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2020-05-12 | Posted in チーム天狼院, チーム天狼院, 記事

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