あるものでなんとかする思考〜元警察官で元航空管制官の書店員vol.11〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
「もっとお金があったら」
「もっと家が広かったら」
「もっとパートナーが優しかったら」
「もっと美人だったら」
普段の生活のなかで、「あれさえあったらな」と思うことはたくさんある。
でも、手元にあるものでなんとかしようとすれば、案外なんとかなるものだ。
公務員として本庁で勤務していたときのことであるが、上司から会社で倉庫の整理整頓を申しつけられた。わたしは片付けが大好きで、自分自身でも「片付けの鬼」だとふれまわっているので、そこを買われての大抜擢(?)だった。
かくしてわたしは、整理整頓のため倉庫にむかった。だが、実際に見てみて、現場のあまりの雑然とした状況に唖然としてしまった。
ホワイトボードのマーカーがいろんなところに散財していた(ひとつにまとめて!)
何カ月も前の書類や届いたFAXがプリンターの上にどっさり積もっていた。(雪下ろしをしないといけないじゃん!)
いつのものか、だれのものかもわからない名刺なんか点々と散らばっていて、A4のコピー用紙の抜け殻が5つも床に落ちていた(抜け殻くらい、捨てとけよ)
要するにどこに何があるかわかりにくく、また、使いたいものがすぐに使えないという、カオス状態に陥っていた。だがこんなことは想定内。
片付けの基本は捨てることなので、私はまず明らかに不要なものを処分した。
困ったのは、その後だった。
わたしは片づけるとき、文房具は文房具などと仲間ごとにまとめ、物のお家、つまり、いつも置く場所を決めることにしている。こうして物の定住地を明らかにしておくと、あるていど、誰が使ってもキレイな状態を保つことができる。倉庫など多数の人が出入りする場所では、これが片付けのセオリーだ。
困ったのは、物のお家にするための箱や、誰のお家かを示すためのタグといった片付けグッズが倉庫内にひとつもなかったことだ。目の前にあるのは、片付けのため与えられた2時間という時間と、倉庫の中に散在している紙やテープや不要なお菓子の箱などだけだった。
もし、100円均でカラーボックスなどを買ってくることができれば、自分のセオリー通りにきちんと整理整頓はできる。しかし、その手段が使えないため、「どうしよう……」と最初は途方に暮れてしまった。
こんななにもない状態で、どうやって整理整頓しろと……。
しかし、片付けを頼んだ上司は私を「片付けの天才」と見込んで指名してくれたのだ。それに答えないわけにもいかない。
そして、ないものはしょうがない。あるものでなんとかするしかない。
「材料もお金もないから」と立ちすくしたり、人に文句を言ったりするのは簡単だ。でも、それでは上司に申し訳ないので、とりあえず倉庫の中にあるもので工夫してなんとかすることにした。
2時間後、間に合わせではあるが、なんとか倉庫は片付いた。道具が足りないので若干不満ではあるが、様子を見に来た上司から成果についてかなりお褒めの言葉もいただいた。
もし「道具がないから」「足りないものがあるから」と倉庫に立ちすくしていたならば、ものごとはひとつも前に進まなかっただろう。あきらめて「あるものでなんとかしよう」と工夫したから、少なくとも倉庫の整頓状況はかなり改善された。
だから、何事も「とりあえず、あるものでなんとかしようとする」という思考を持てば、少しは前にすすめるのではないだろうか。
「もっとお金があったら」
「もっと家が広かったら」
「もっとパートナーが優しかったら」
「もっと美人だったら」などなど。
こんな風に言うだけの人はたくさんいる。言うだけはタダなので、どんどん言っても構わないと思う。吐き出すのは、精神衛生上いいことだから。
でも、そう言ってみたところで、吐き出したところで、行動しなければ、あなたは一ミリも前には進めない。
あなたが上司や採用担当だったと考えてほしい。
もし、「あるものでなんとかしようとする」思考の人と「あれがないから無理と諦める」思考の人がいたら、どちらに良い評価を下すだろうか、どちらの人を採用したいだろうか。
他人からの評価だけではない。
自分ではどうにもできないことに嘆いて一ミリも動けない人生と、「あるものでなんとかする」、つまり、自分でどうにかできる部分に働きかけ、少しでも前進しつづける人生と、あなたはどちらを生きたいだろうか。
「あるものでなんとかする」というのは、料理に例えるとわかりやすいかもしれない。
急に夫の実家の両親が訪ねてくることになった。ほんとうに青天の霹靂のごとく、いま決まった。おもてなしをしようにも、家の冷蔵庫には伊勢海老も松阪牛もない。昨日のカレーの残りと、玉ねぎと卵とニラくらいしか残っておらず、買いに行くヒマもない。さてどうする??
あなたに与えられたのは、玉ねぎと卵だけである。その条件で、玉ねぎと卵を使って最高の料理をつくるか、「松坂牛がないからなにも作らなかった」と途方にくれた顔で夫と上司を出迎えるか、もしくは、電話でピザを頼むくらいの気概を見せるか、あなたはどれを選ぶだろうか。
私は思う。
「◯◯がないからしょうがない」と思って諦めることを、言い訳することを選ぶよりも、「だめでもいいから、あるものでとりあえずなんとかする」という思考を手に入れたほうが生きやすいのではないか、と。
ベストセラー「嫌われる勇気」の中で、主人公の悩める青年と問答する哲人は、こんなアドラーの言葉を引用している。
「大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである」
「人はいまこの瞬間から幸せになれる」と説くアドラー心理学は、この言葉をみればわかるとおり、所有の心理学ではなく、使用の心理学である。つまり「とりあえず、あるものでなんとかする」という思考があなたを幸せにする可能性を持っているのである。
もし、いま、幸せを実感できずにいるのであれば、「いまのまま」でいいはずはない。
「○○がない」と嘆いていてもなにも変わらない。
今日から「とりあえず、あるものを使ってなんとかする」という生き方をしてみてはどうだろうか?
では、いつものとおり、私の大好きな一節を
「ニーバーの祈り」
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
■ 伊藤千里(福岡天狼院スタッフ)
1987年生まれ。同志社大学法学部卒。
両親が公務員のためか「安定、慎重、無難」がモットー。大学卒業後は警察庁に入庁するが、霞ヶ関のブラックな勤務に疲れ果て、28歳の時「世界で最もストレスフルな仕事」と呼ばれる航空管制官に転職。
2019年8月から天狼院ライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、天狼院書店店主三浦からスカウト(?)を受け、2020年3月より福岡天狼院スタッフとして勤務。
趣味は、筋トレ、ストレッチ。健康、美容、栄養オタクで、将来的に「峰不二子」になると決めている。
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