アイスティーがないごときでブチ切れた5月31日のこと 〜峰不二子を目指す書店員vol.3〜
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤千里(チーム天狼院)
それは完璧に準備されたはずだった。
5月31日の日曜日に、彼女が酒屋に電話するまでは……
福岡天狼院は、政府の緊急事態宣言を受けて4月8日から休業していた。
それが5月中旬に宣言が解除されたことにより、福岡天狼院だけでなく天狼院書店全店で営業再開がされることに決まった。
営業再開が決まり、わたしに付与された任務は、「福岡天狼院だけでなく、全店舗の営業再開に不備がないように完璧に準備すること」だった。
小学生のときから、わたしは「仕切り屋」で、よくリーダーになることが多かった。
当然のごとく学級委員だったし、生徒会長だった。
クラブ活動や委員会活動で特にリーダーに選ばれていなくても、さらに、ただ友達と遊んでいる時にすらよく「仕切る」タイプだった。
全体を見回して、みんなの動きを把握して、適切な人に迅速に任務付与をして全体を統括する。
すべてのピースを把握し、それをバチッとうまくはめられたとき、それがわたしにとって、たまらなく快感なのだ。
また、ピースをはめていくその過程で、必要なものを準備し、最悪を想定し、それに備えて試行錯誤している……そのスリルやプレッシャーがたまらなく好きなのだ。
それは警察官のときも、航空管制官のときも同じだった。
完璧に指揮ができればできるほど、爽快、そして快感。
こうやって書いてみるとおそろしく変態な嗜好だと思うが、こういった類の任務なら、わたしはなんの苦痛を感じることもなく、むしろなんでも来い! という気持ちで受けることができる。
わたしが完璧というわけではないけれど、逆に指揮がもたもたしている人をみると、「わたしがやったほうが早い」とイライラしてしまうこともある。
6月1日の営業再開が決まったのは5月中旬のことだった。
営業再開に向けて、食材や備品の補充だったり、HPなどの営業時間の変更だったり、コロナ対策で消毒液を充分に確保したり、三密を避けるために席配置のガイドラインを作成したり……全店で統一的な対応が必要なことを洗い出し、わたしは他のスタッフの協力を得ながら営業再開の準備を進めていた。
もちろんわたしの勤務している福岡天狼院の準備も完璧にしなければならない。
わたしは福岡天狼院のもうひとりのスタッフとともに、準備をすすめていたのだが、彼女には食材や備品の在庫チェックと発注を任せた。彼女は4月に入社してきたばかりの新入社員で、若干ふわふわしているというか、「ザ・天然」タイプ。「天然」にありがちな行動を台本を用意しているかのようにやってのけるという癒やし系キャラであったが、入社前のアルバイト時代から食材や備品の発注を担当していることもあり、彼女にすべてを任せた。
ほかの備品や食材は5月30日の土曜日までに店に届いていた。
あとは近所の酒屋に電話で注文している、飲み物の注文をするだけだった。
5月31日の日曜日のこと……
翌日の開店を控えた16時ころ、彼女に「そろそろ酒屋に電話しなくていいの?」と聞いてみた。前日にも「いつ電話するの?」と聞いたのだ。そのとき、彼女は「明日やります」と答えた。
「明日やります」と言ったその「明日」が今日なのに、16時になっても電話に近づこうともしないのだ。わたしはやきもきしていた。
(なんでぎりぎりまで電話しないんだろう……)
彼女はいつも行動がのんびりしている。わたしは逆にせかせかしているので、いつものんびりしている彼女が動く前に「~は終わっているの?」と聞いてしまうことが多い。
「いまから電話します」
(よかった。これで明日から店が開けられる……)
「アイスティー2本と、牛乳4本と……」
(ちゃんと注文してくれている。よかった……)
電話が終わって、「で、いつ持ってきてくれるの?」と聞いてみたところ、彼女は「留守番電話でした」と答えた。
「留守番電話? なんで? 注文できないじゃん」
「たまに留守番電話でも注文して持ってきてくれるから大丈夫ですよ」
「営業時間は確認したの? コロナであの店も短縮営業していたから、日曜日だし、もう今日は閉店しているかもしれないじゃん。あの酒屋は、午後2時にしか開店しないんだよ。あしたうちの店、何時に開くと思っているの?」
「たぶん……大丈夫ですよ」
もうここで完全に余裕がなくなった。
「はあ? なんで? どうして大丈夫って言えるの? 明日から店が開くのに……なんで前日に注文の電話をするの? 2週間も前からあなたに全部任せていたのに、なんで今日までやらないの? コロナでみんな店をしめているんだから、開いていないかもしれないじゃん」
「……すいません」
「もういいわ……わたしがいまから酒屋に行って開いているか確認してくるわ。わたしが行けばいいんでしょ! まぁ、脚を怪我しているけどね!!!!」
完璧主義で、ピースが一個でも欠けていると気がすまない。
だから、わたしはこうやって余裕をなくすことがある。そしてブチ切れる。
こういう時、わたしは「わたし」にしかフォーカスできなくなる。
「彼女の性格を把握しないわたしが悪い」「性格を把握した上でもっと危機感を持たせなかったわたしが悪い」「明日、店でアイスティーが出せないのはわたしのせい」「あんなに前から偉そうに指揮をしていたのに、うちの店だけアイスティーがないのはかっこ悪い」
「全部、わたしが悪い。指揮官失格だ」
結局、アイスティーがないことにブチ切れて、4月にケガをして足首の靭帯もブチ切れているわたしが店を飛び出して行こうとしたのを彼女が引き止め、代わりに酒屋に確認に行ってくれることになった。
それでも、店に残ったわたしの焦りと怒りは収まらなかった。
わたしは全店の指揮も任されている。
それなのに……そんなわたしの店に開店の日に、アイスティーがないなんて……かっこ悪すぎる
「すいません。酒屋開いていませんでした……違う店を探してみます」
彼女は1時間ほどいろいろな店をまわり探してくれたが、結局欲しかったアイスティーはどこにも売っていなかった。
そのころになると、わたしはブチ切れたことをとても後悔していた。
「たかが、アイスティーごときに……」
よく考えたら、アイスティーがないくらい大したことないのだ。
お客さまから注文が入ったら断らざるを得ないからご迷惑をかけてしまうけど、わたしがブチ切れた本当の理由はそれではない。
「もうええから帰っておいで。よく考えたらアイスティーがないくらいたいしたことないわ」
わたしがブチ切れた理由は、自分の完璧な計画と指揮がこのアイスティーがないことによって崩れたことだったのだ。
3月に入社したばかりのくせに、偉そうに全店の指揮もとって、自分のやっていることが完璧だとおごり高ぶっているからこういうしっぺ返しをくらうのだ。
天然な彼女が前日になるまで酒屋に電話せず、そして酒屋がお決まりのごとく閉まっている……というのは、きっと、わたしの「おごり」を諌めてくれる神の采配だったに違いない。
「わたし、自分のことしか考えてなかったわ……それは指揮官失格や」
この「アイスティー・ブチ切れ事件」を通して、わたしは「指揮官」としての心構えを考え直した。
指揮官は「わたし」にフォーカスしてはいけない。
どんなに完璧に準備したつもりでも、不測の事態は発生するものだ。
だからどんなことが起こったとしても、「わたし」ではなく、「これからどうするか」にフォーカスしなければならない。
何が起こっても、立ち止まらずに進み続ける覚悟と気概がなければ指揮官を名乗ってはいけない。
「わたし」にフォーカスせず、常に「これからどうするか」を考えて進み続ける。
その器がわたしにあるか……絶対、手に入れてやる。
では、いつものとおり、私の大好きな一節を
「ニーバーの祈り」
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
■ 伊藤千里(福岡天狼院スタッフ)
日本で唯一「峰不二子になる」と決めている書店員。
1987年生まれ。同志社大学法学部卒。
大学卒業後は警察庁に入庁。警視庁での交番勤務、刑事課勤務の後、霞が関の本庁にて警部補として交通局に勤務。28歳の時「世界で最もストレスフルな仕事」と呼ばれる航空管制官に転職し、滑走路一本あたりの離着陸回数が日本一という福岡空港で3年間働いた。
2019年8月から天狼院のライティング・ゼミを受講したことがきっかけで、天狼院書店店主三浦からスカウト(?)を受け、2020年3月より福岡天狼院スタッフとして勤務。
趣味は、筋トレ、ストレッチ。健康、美容、栄養オタク。好きな言葉は、スティーブ・ジョブズの”Connecting Dots”
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