その音楽を聴くための旅行《スタッフ平野のミュージック・ラボ》
記事:平野謙治(チーム天狼院)
「なあ。受験が終わったら、何したい?」
センター試験、数日前。予備校の貴重な休み時間のこと。
腹ごしらえを済ませた友人が、不意に投げかけてきた。
「そうだな……」
窓の外を見て、伸びをした。
考えてみれば、たくさんある。やりたいこと。行きたい場所。ぼんやりと、思い浮かべることはあるけれど。
自分の中には、すでに明確な答えがひとつあった。
25年間生きてきた。その中でも、あの1年間のことは、特別に感じる。
18歳、高校三年生。勉強しかしていなかった、あの一年間。
大学受験を控え、親と相談して予備校に入った。大手の予備校ではない、ちょっと変わったところだった。
人呼んで、「刑務所」。なんとも物騒な呼び名だけど、もちろん囚人を勉強させているわけではない。
何より特徴的なのは、その制度だ。
授業の有無に関わらず、週七日、必ず登校しなければいけない。平日は学校が終わってから、すぐの時間。休日は朝から。夜はいずれも、22:00まで。休憩時間も管理されていて、昼30分、夜30分しか、外に出ることは許されない。さながら、ブラック企業。いや、もはや、刑務所と呼んで差し支えない。そうして定着して、呼び名だ。
平日も、休日も、長期休暇も。机に向かう。ひたすらに向かう。長い時で、一日12時間以上。
あれほどまでに、ひたむきに努力したことは、後にも先にもなかったと思う。
もう二度と、できないかもな。
そんな風に、思うことがよくある。あの生活をもう一回やれ、と言われても、多分できないと思う。
どうしてあれだけ、頑張れたんだろう。まるで自分のことではないかのように、疑問に思う。
でも振り返れば、確かにあったんだ。
「刑務所」の制度が、自分に合っていたこと。
優秀な講師陣に、恵まれていたこと。
一緒に頑張る仲間たちが、たくさんいたこと。
さりげない家族の支え。頑張れるだけの理由が、いくつも。
でも、それだけじゃない。
僕を支えてくれたものが、もうひとつあった。
あれは、夏期講習期間のこと。数学の問題集を解いていて、頭がクタクタに疲れ切っていた。
ああ。今はこれ以上、無理。ちょっと一旦、休もう。そう思って、机に突っ伏した。
耳にイヤホンを刺す。なんか音楽でも聴いて、一旦リラックスしよう……
ふと、思った。いつも同じアーティストばかり、聴いている。たまには気分転換に、シャッフルでもいいんじゃないか。全曲シャッフルになるよう、iPodをタップする。
重厚なギターの音が耳に飛び込んでくる。
瞬間、思った。あ、この曲知っている。
流れたのは、ASIAN KUNG-FU GENERATION、通称アジカンの『リライト』という楽曲だった。
『鋼の連勤術師』のオープニングに起用されたこともあり、ヒットした曲だ。
そうだ。友達にオススメされたから、アジカンのCDも入れてたよな。
でも、全然聴いていなかったな。そんなことを、思いながら聴く。
……なんだ、これ。こんなに、良い曲だったっけ。
机に突っ伏したまま、僕は感じたことがない感覚を味わっていた。
『リライト』は、とにかく衝動的なナンバーだ。叫ぶように歌うサビが、僕の脳を揺らした。
疲労と、行き詰まりで、感じていた頭のモヤモヤを、スカッと晴らしてくれるような。ストレスが吹き飛んでいくような、そんな心地がした。
この曲、やばいな。なんで今まで、ちゃんと聴いてなかったんだろう。
少しの後悔を感じつつも、期待感がそれを上回っていた。僕はこれから、アジカンにハマることになるだろう、と。予感した瞬間だった。
次の日。学校で友人に、「アジカンのCDを貸してくれ」と頼み込んだ。
そいつが持っていないものは、すべて買い集めた。リリースされた音源全部をiPodに入れ、移動中、休憩中、勉強していない時間に、ひたすらに聴き漁った。
どれもこれも、いい。予感が確信へと、変わっていく。
気づけば僕は、アジカンのファンになっていた。
彼らの楽曲は、不安や焦燥をテーマにしたものが多かった。聴くたびに、まるで自分の負の感情を、代わりに叫んでくれているような心地がした。
行き詰まりを感じた時。クタクタに疲れた時。気分転換したいと思った時。
それから、不安に負けそうになった時。何度も、何度も、僕はイヤホンを耳に刺して、アジカンを聴いた。そしてまた、机へと向かった。
僕の受験期は、アジカンと共にあったと言ってもいい。
同時に、「行きたい場所」ができた。冒頭の、彼の投げかけ「受験が終わったら、何したい?」に対する、明確な答えが。
「俺は、江ノ電に乗りに行きたい」
アジカンには、『サーフブンガクカマクラ』という、江ノ電こと江ノ島電鉄をテーマにしたアルバムがある。
なんと収録曲すべてに、江ノ電の駅の名前が入っている。『藤沢ルーザー』ではじまり、『鎌倉グッドバイ』で終わる。最初から最後まで聴くと、30分ちょっと。まさに江ノ電が藤沢駅から鎌倉駅まで駆け抜けるのと、同じくらいの長さになっている。
「アジカン聴きながら江ノ電に乗って、受験期を振り返りたいな」
アジカンの曲に支えられながら、ここまで走ってきた。感謝の気持ちすら、ある。
だから受験を終えたらまず、アジカンの曲を、最高のロケーションで聴きに行きたい。
そこで、振り返る。苦しみながらも成長した日々を。そうしてこの一年間を、締めくくることができたなら。
そんな目標が、いつしか僕の中にはあった。
「そのためにも、合格しないとな」
チャイムが鳴り、自席へと戻る。受験が終わるまで、あと約一ヶ月。
やれることはやって、合格を勝ち取ろう。そう誓って、また問題集を開いた。
あれから、6年が経った今でも、忘れることはない。
合格を勝ち取った日のこと。一緒に頑張ってきた友人たちと行った、卒業旅行。2日目に乗った、江ノ電。アジカンを流しながら観た、湘南の海。そのすべてが、最高の思い出になっている。
アジカン、それから江ノ電沿いの風景は、僕にとって特別なものになった。
この特別な思い入れは、これからも変わることはないだろう。
むしろこれからも、色濃くなっていくかもしれない。
そんな風に感じる出来事が、最近あったばかりだ。
6月8日、天狼院書店は、新店を出した。その名も、「湘南天狼院」。
場所は、江ノ島水族館の目の前。江ノ電で言うと、「江ノ島駅」が最寄りになる。
オープン前に行ってきたが、文句なしに良いところだった。
屋上テラス席からは、湘南の海と、江ノ島が一望できる。最高の景色だ。
一度でいいから、客として行ってみたい。心の底から、そう思う。
その時は、もちろん聴く。『サーフブンガクカマクラ』を。
思い出の地に、また新たな思い入れができる。
そんな予感を、抱いている。
ASIAN KUNG-FU GENERATION『藤沢ルーザー』
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◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。ライブスタッフ歴4年。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
学生時代には友人とのバンド活動に励む一方で、ライブスタッフとしても活動。
14,000人以上の契約社員の中で、80人程度にしか与えられないチーフの役割を務める。
小さなライブハウスから、日本武道館、さいたまスーパーアリーナまで、様々なライブ会場での勤務経験あり。
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