チーム天狼院

人生初ナンパTONIGHT 〜たまには起こしちゃおうぜムーヴメント《スタッフ平野の備忘録》


記事:平野謙治(チーム天狼院)
 
ナンパをした。
それは、人生初のナンパだった。
半年前くらい。松戸の居酒屋で、友人と二人で飲んでいた時のこと。
 
好みの店員さんがいた。パッと見てすぐ、「あの子可愛いね」と、何も考えずに口にした。
普段はそんなこと、言わないのに。お酒が進んでいたせいか、つい口をついて出た。
 
すぐに、「しまった」と思った。悪い勘は当たるものだ。
目の前には、ニヤケている友人。ヤバイ。焦っても、もう遅い。
肩を叩かれ、一言。「お前、声かけろよ!」
 
いや、無理だ。ナンパなんか、したことない。
生憎、そんな勇気も、自信も、持ち合わせていない。
下手に声かけて、迷惑そうな顔でもされたら、ガラスのハートが壊れちゃうよ!
 
「いや、ほら、忙しそうだしさ」
 
苦し紛れに出た言葉には、少し無理があった。
今日は平日。既に、時間も遅い。店内は空いていて、なんなら、店員さんは余っているようにさえ見えた。
すぐに嘘とわかる言葉だ。それでも、一縷の望みにかけた。
「本当にやりたくない」というオーラを出すことによって、友人が話題を変えることに。
 
「大丈夫だよ、暇そうにしてんじゃん!
ほら、いけよ」
 
バカが。そんなこと、百も承知で言ってんだ。少しは空気読め、この野郎! 思わず、ため息が出た。
ああ、もう。知っていたじゃないか。こいつは、しつこいヤツだって。
しかも酒が入ると、尚更だ。その面倒臭さと言ったら、溜まったものではない。
まあそういうところも含めて面白いから、こうして絡んでいるわけだけれども!
 
その後も、僕らの攻防は続いた。
「何とかしてナンパさせたい友人」と、「絶対にナンパしたくない僕」の闘いは、平行線のままだった。
 
気づけばまた、ジョッキが空になって、呼び出し音に手を伸ばす。あろうことか、「あの店員さん」が、僕らのテーブルにやってきた。
ニヤニヤする友人。腹が立つ! 口に、ふ菓子でも押し込んでやりたい気分だ。身体中の水分を、持ってかれてしまえ。
 
「ご注文お伺いします」
 
店員さんは、メニューを持つ僕の目を見た。
畜生。やっぱ、可愛いな。こうなったのもすべて、お前が可愛いせいだぞ!
判断力が鈍った頭で、理不尽なことをボヤく。
 
「お前、もう二度とあの娘には会えないかもしれないんだぞ」
 
注文したジンジャーハイボールが届き、さらに悪酔いした友人が、念を押す。
それでも僕は、首を振る。
 
「本当に女々しい奴だな。チキン野郎。
そんなんで彼女欲しいとか、言ってんじゃねえよ」
 
カチンと来た。なんでお前に、そこまで言われなきゃいけないんだ。
だいたい、お前だって彼女いないだろうが!
 
「じゃあ、いいよ!
じゃんけんで、お前が勝ったら、声かけてやるよ」
 
僕も酒の勢いで、言い返す。
それでもしれっと、50%の勝負に持ち込むダサさは持ち合わせたままで。
 
酔っぱらい特有の大きなモーションで、やたらと前フリの長いジャンケンをする。結果は……
 
「よっしゃ!」
 
声をあげたのは、友人だった。
 
ああ! 負けてしまった!!
え、これマジで、あの娘に声かけんの?
 
途端に湧き上がる後悔。追いかけてくる焦燥。とりあえず……
 
「もう一杯飲む!!」
 
もはや、ヤケクソだ。呼び出しボタンを押す。今度は、違う店員さんが来た。
 
レモンサワーを飲みながら、頭の中でシュミレートする。どうやって声かけよう。あれ? そもそもいつも、女の子にどうやって話しかけていたっけ? いや。落ち着け。何バカなことを言っているんだ……。
大丈夫だ。自然な感じでいけ。気持ち悪くなく、上から目線でもなく、さりげなく、爽やかに声かけろ。いやでも、それってどうやればいいんだ?
 
ナンパという未体験の世界に、頭は大パニックである。そんな僕を見て、友人は楽しそうにしている。もはや怒る余裕もなく。ただただどうしようと、考えていた。
女の子に、声かけひとつできない。罰ゲームだと思って、気軽にやればいいのに。いざやろうとすると、こんなに失敗が怖いものなのか。
この時の僕の思考は、確実に童貞に戻っていたと思う。いやむしろ、童貞だった頃以上に童貞。童貞オリンピック日本代表選手も、狙えたかもしれない。
 
 
 
「……よし。じゃあいくわ」
 
ようやく意を決したのは、もう何杯か飲んでからのことだった。最早どれくらい飲んだかも、記憶が曖昧。つまり、それくらいには飲んだ。
頭がガンガンした。それでも最後の理性で、考えた。
向こうはシラフ。ダルい酔っぱらいだと思われたら、終わりだ。手を煩わせないように、一瞬で勝負決めろ。
 
「あの店員さん」が通りかかる。「すみません」と、声をかける。注文かなと、近づいてくる彼女。早まる鼓動を抑えながら、僕は口を開いた。
 
「あの。働いている姿見て、すごく素敵だなって思って。
もしよかったら、連絡してください」
 
そう言って、メモ帳の切れ端を渡す。僕のLINEのIDが書いてある。
 
果たして、受け取ってもらえるのか。
ピークを迎える、緊張。しかし、彼女はすぐに……
 
「ありがとうございます!」
 
僕のメモ帳を受け取り、エプロンのポケットに入れた。
 
瞬間、身体の力が抜けていくのがわかった。湧き上がる安堵。安堵。この後、連絡が来なかったとしても、この場で嫌な顔をされなかっただけで、十分だ。営業スマイルだったとしても、受け取ってくれただけで、俺は救われた。ああ。よかった……
 
安心した僕は、もう一杯酒を頼んだ。失敗することを期待していた友人はなんだか、不満顔。ざまあみろ、この若年性ビール腹野郎!!
 
かくして、飲み会は終了した。
安心感のせいなのか、最後の一杯が余計だったのか、目が回るような思いをしながら、なんとか帰宅した。
 
 
 
翌日。身体に残るアルコールを感じつつも、アラームで目を覚ます。
朝か。もう少しだけ眠っててもいいかな。もう一度、まぶたを閉じようとしたが、昨日のことを思い出す。
そうだ。「あの店員さん」から、メッセージ来てないかな。
 
iPhoneの画面を見ると、LINEの通知が来ていた。はやる気持ちで、タップする。しかしその相手は、
 
「お前こうなったら絶対デート誘えよ」
 
友人だった。わかっとるわ、そのくらい!! ただ、俺は「あの店員さん」に連絡先を教えただけだから。向こうから連絡が来ないと、何もできないんだよ!
もし万が一、返信が来たら、そりゃ誘うさ。これで終わりじゃ、何のために、勇気を出したのかわからねーわ!
 
しかしどうやら、彼女からの連絡は来ていない。
少しガッカリしつつも、仕方ないなとすぐに思う。まあほとんど期待せずに、もう少しだけ待ってみよう。今日中に来なかったら、もう来ないだろうな。僕はこの日を、平常心で過ごそうと決めた。
 
そう、期待していなかった。メッセージが来るとしたら、すぐに来るものだと思っていたから。朝来ていなかった時点で、半分以上諦めていたのだけれども。
その日の23時過ぎ。帰りの電車にて、僕のiPhoneは鳴った。
 
まさか。そう思って開いてみたけれど、まさかも、まさか。そう。「あの店員さん」からだった!!
 
「昨日はありがとうございました!」
 
小さくガッツポーズをする。本当は叫びたいくらい、嬉しかった。
ちょっと間を置いて、返信をした。何通かやりとりをして、それから、ランチか、飲みにでも誘おう。頭の中に、広がっていく計画。これから、忙しくなりそうだぜ。
 
そうだ。友人に報告のLINEを送らないと。急いで文面を打つ。
「俺は生まれ変わり、昨日までとは違う生き物になりました。そうです。私がナンパを成功させた男です」と……
 
すぐに返信が来た。「死ね」と。なるほど、面白い。今ならどんな言葉でも、受け入れられる気がするぞ。
なんなら、感謝の気持ちが湧いてきた。お前の持ち前のしつこさのおかげで、俺はチャンスを掴んだのだから。ありがとう、ビール腹。お前のその腹をトランポリンにして、俺は高く飛ぶよ!!
 
 
 
わかりやすく、俺は浮かれていた。
だってそれくらい、上手くいっているように思えた。初デートは、すぐに決まった。都内でお酒を飲むことになった。
 
当日も、なんだかいい感じに盛り上がった。多分、気が大きくなっていたのだと思う。ナンパする時の緊張が凄すぎて、初デートの緊張なんて吹き飛んでいた。今日はなんだか、口がよく回る。エピソードトークで彼女が笑い、内心満足していた。
 
「どうして連絡くれたの?」と、聞いてみた。なんでも、ナンパに慣れていない感じが、かえって信頼できて好印象だったらしい。
 
「またね」と言い合って、別れた。今日わかったのは、彼女は映画が好きだということ。次は、映画を観に行くことになった。
 
 
 
二週間後。予定を合わせた僕らは、映画館へと向かった。やたらと風が冷たい日だった。
 
「これが観たい」
 
上映中のラインナップを事前調査したと言う彼女が、スマートフォンの画面を僕に向けた。
 
……『スウィング・キッズ』。
知らない映画だ。どうやら、韓国の映画みたいだ。
 
というより、僕は映画をほとんど知らない。映画館に来るのなんて、年に一回あるかないか。話題作の中で、本当に気になるものだけ観に行くスタイル。だから何を観るかは、完全に彼女に任せた。
 
チケットを買った後、飲み物とポップコーンを揃えて席へ向かう。あまり映画館に行かない僕だけど、この始まる前のワクワク感はとても好きだ。
おしゃべりをしていたら、すぐに場内が暗転した。告知映像が流れ、それから本編へと移る。
 
 
 
……なるほど。朝鮮戦争の話なのか。捕虜の収容所を舞台に、収容所の対外的なイメージアップを図るために結成した、ダンスチームの物語だ。
 
正直、時代背景があまりピンとこなかった。映画にも詳しくなければ、歴史にも詳しくない。
登場人物がたくさんいて、誰が、どの立場の人なのかよくわからない。やばい。置いてかれないようにしないと。
 
焦りを感じていた。もしかしたら、僕には理解できないテーマの映画なのかもしれない。だけど彼女が、観たいと言った。デートを失敗させたくない。終わった後盛り上がれるように、ちゃんと観ないと。
 
 
 
しかし、そんなことを思っていたのは、最初だけだった。
気づけば僕は、映画の世界にのめり込んでいた。
 
年齢も、国籍も、思想もバラバラの登場人物たちが、「ダンス」によって、心を繋げていく。
戦時中だ。本来、踊っている場合ではないのだけれども。
 
理屈を超えたものが、「ダンス」という芸術にはあった。
とにかく踊る。全力で踊る。どんなに悲惨な時代の中にあっても、夢中になっているその瞬間だけは、すべての苦しみから解放されるのだ。
 
さっき言った通り。映画にも、時代にも、詳しくない。ついでに言えば、ダンスにも。
だけどそれでも、彼らのダンスを観て思った。美しいと。心の底から、美しいと思った。
そして苦しみの中で救いを与える、「ダンス」の素晴らしさを目の当たりにした。芸術って、本来はこういうものだよな、と。納得させられるだけのものが、そこにはあった。
 
そしてラストは、まさかの展開だった。気づけば僕は、涙を流していた。数滴こぼしたとか、そんなレベルでなく。大号泣である。恥ずかしいとすら、感じなかった。それくらい夢中になっていた。上映中は。
 
……そう、上映中は。
ようやくには恥ずかしさがこみ上げて来たのは、映画が終わってからのこと。場内が明るくなって、彼女が僕の方を見た。
 
「感動したね」
 
そう話す彼女の表情は、平静そのものだった。僕は動揺した。
え!? なんで、まったく泣いてないの? こちとら、顔面大洪水なのに! 途端に、恥ずかしさが湧いてくる。
 
だけどそれ以上に身体に残っていたのは、映画の余韻だった。
チラホラと帰っていく客たち。でも僕は、立ち上がることもできずに。話しかけてくる彼女の声だって、半分も入っていなかった。
 
放心とは、このことかと思った。映画館から出た後も僕はずっと、『スウィング・キッズ』のことを考えていた。
何度となく頭をよぎる、ラストシーン。戦争とは、生きることとは、どういうことなのか。そればかりが、頭を支配した。
 
それは、予約していたイタリアンに行った後も変わらなかった。ペラペラと、にこやかに様々なことを話してくれる彼女。一方僕は、口を開く度に映画のあのシーンがどうだったとか、こういう感情を抱いたとか、そんな話ばかりを繰り返した。だってそれしか、頭の中になかったから。
これでは、どっちが映画を観たいと言ったのかわからない。
 
結果、楽しみにしていたはずのディナーは、地獄のように盛り上がらなかった。
帰り道。別れ際、彼女は「バイバイ」と言った。前回は「またね」だったのにな、と思った。
 
案の定それから、連絡は来なかった。前回は家に帰る頃には、「今日はありがとう」みたいなメッセージくれたのにな。
なんとなく、わかった。もう二度と、会えないんだろうな。
 
後悔がまったくないと言えば、嘘になる。デートなんだから、もっと上手くやれたんじゃないかなって、今でも思う。
畜生、『スウィング・キッズ』め。
俺の恋を、終わらせやがって。そんな、恨み節のひとつも言おうと思ったけれども。
遅かれ早かれ、こうなっていたのではないかな。
 
見た目の好みは、あくまで入口。感性が一致するかどうかの方が、何倍も大事だ。
あのまま彼女と付き合えていたとしても、どこかしらで上手くいかなくなっていただろう。
うん、そうだ。そう思うことに、しておく。
 
それに翌日、翌週も思い出すのは、彼女のことではなかった。映画のことばかりが、僕の頭の中には残っていた。
 
だから、感謝している。きっかけをくれたのは、彼女だったのだから。
この作品に、出逢えて良かった。
 
 

◽︎平野謙治(チーム天狼院)
東京天狼院スタッフ。
1995年生まれ25歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告会社に入社。2年目に退職し、2019年7月から天狼院スタッフに転身。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。
青年の悩みや憂いを主題とし、16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
同年6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。
メディアグランプリ33rd Season, 34th Season総合優勝。
『なんとなく大人になってしまった、何もない僕たちへ。』など、累計4作品でメディアグランプリ週間1位を獲得。

 
 
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