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チーム天狼院

その主電源を、押すのは……《三宅のはんなり京だより》

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京都天狼院は、不思議なお店です。
毎日、いろんなお客さまがやってきます。
今日は、あるおじいちゃんがやって来ました。

 

「ああこっちは寒いのぅ」
「お客様いらっしゃいませ、今日寒いですか?京都ではあったかい方なんですけれど……
もしかして県外からいらしたんでしょうか」
「そうじゃよ、県外からじゃ」
「わざわざありがとうございます」
「この書店には、仕事のヒントになりそうなものがたくさん置いておるからの」
「あら、お仕事は何をしてはるんです?」
「この老齢になってもこき使われとるわい。工場で働いとってな」
「工場ですか……それはお身体大事にされないと」
「いやぁ長年仕事はしておるが、なかなかミスが減らなくての、
不良品ばかり作ってしもおて」
「不良品ですか」
「それがの……お嬢さん、誰にも言わんと誓うか?」
「は、はい?おじいちゃん、ちょっと近いです」

「わしはの……工場で、今まで不良品しか作ったことがないんじゃ」

「ふ、不良品しかない……?不良品を作ったことがないじゃなくて?っていうか近い」
「ふむ、商品は不良品ばかりじゃ」
「うーん、契約は打ち切られないんですか?」
「ほう、お嬢さん商売人の目になったのう」
「一応私、ここの店長をしてるもので」
「実はの、うちが市場を独占しとるんじゃ。だから競合がおらんでの。
うちみたいな商品つくっとる工場、ほかにはない」
「なるほど~やっぱり専売は強いですねぇ。でも、不良品だと返品されたりしません?」
「するんじゃよ~まぁ返品されたぶんに関しては、次の部品や材料に使うからの」
「あらやりくり上手」
「不良品って言ってもな、
機能的にミスっていうのもあれば、
その仕組みがうまく働かなかったり、
いろいろあって対策に困っとるんじゃよ」
「へぇ……一番多いミスって何なんですか?」
「失礼なこと聞くのう、お嬢さん。まぁ髪が綺麗だから許そう、すこし髪を触っても……」
「だめですよ、おじいちゃん」
「……一番ミスが多くて、一番工程が難しいところなんじゃけどな、
その部品部品はしっかりしてるのに、
部品を動かすICチップのようなところがのう、ヘンに動いてしまうんじゃ。
こっちはもっとシンプルに動かそうと思っとるのに、
なぜか複雑な動きをして、あげく壊れてしまう」
「うーん、ICチップってもともと複雑そうですもん」
「こっちは完璧だ!と思って送り出しとるのに、
商品が動きはじめてそのミスが判明するんじゃよ、もうこりごりじゃ」
「おつかれさまです」
「そして……お嬢さん、聞いとくれよ」
「はい、なんでしょう?」
「もっと顔を近う」
「おじいちゃん、セクハラですわ」
「ごほん……
商品には、遠隔操作できる主電源スイッチがついとるんじゃよ」
「遠隔操作、ですか?」
「そう、商品にはカメラが搭載されとって、
わしらは商品がどんなふうに動いとるか、モニターで見ることができるんじゃ」
「ん?プライバシー…………??」
「ごほんごほん……そんでな、商品の状態を見て、これはもう無理じゃな、と思ったら
―――その主電源を、わしが切ることができるんじゃよ。
だから不良品といっても、こうむる迷惑は最低限で済んどってな」
「ん?主電源ってつけたり消したりするものじゃ?」
「一度主電源を切ったらもう使えない、難儀な商品なんじゃ。
まぁどんな商品を送るかもこっちの裁量でな、
商品たちがどんなふうに活躍しているのかを見るのも、面白いぞ」

「なるほど~……それでうちにヒントが?」
「おっそうじゃった、お嬢さんに見惚れて忘れるとこじゃったよ」
「どんな本をお探しですか?工学系の専門書はあまりないですけども」
「そうじゃな、できるだけ病んだ作者が書いた、文学作品がいいんじゃが」
「おじいちゃんもしかして医療系ですか?文豪は基本病んでますから、わりとどれも……。
カフカやカミュは、実存の病を抱えた現代人を見るのにおすすめですけれども」
「ほほほ、きっとお嬢さんのイメージするような医療系じゃないぞ。
わしはの、文学を通して、わしのミスが、
商品の内面にどう作用するのかを知りたいと思ってな」
「文学作品に、おじいちゃんのミスが書いてあるんですか?」
「そうじゃよ」

「わしの商品は、すべてどこかしらに欠陥を抱えとるがの」
「なぜか文学は、その欠陥に焦点を当てやすい」
「わしの熟練によって欠陥品がなくなったらいいんじゃがのう、なかなかそうもいかんでのう」
「こうやって、欠陥のサンプルを集めるしかないんじゃ」
「むう、話しすぎてしもおたの」
「ここまで事情を話してしまった相手なら、普通はもう主電源を切ってしまうがの」
「お嬢さんには、本を選んでくれたプレゼントじゃ。主電源はまだ切らないであげよう」

 

「お嬢さん、あんまり病んどると、すぐ主電源切ってしまうから、気をつけての」

 

――――そうやって、働きものの神様は、大気圏外にかえってゆきましたとさ、おしまい。

 


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