コンビニ飯こそ、想像力を育てる最高のトレーニングだと思う。《海鈴のアイデア帳》
コンビニの入り口の自動ドアには、見えない罠がかけられているにちがいない。
おそらく、記憶喪失になる魔法か、脳の判断力をにぶらせる、何かだ。
きっと、コンビニの拡大を抑えようとする何らかの第三勢力が、入り口のドアのところに仕掛けをほどこしているのだ。
それは秘密の情報機関で、一般の人にその事実は知られていない。
ほんの一握り、この世の裏の情報を扱う人のみが、その仕掛けをはずすコードを知る。
コンビニに入ってくる人を、定点で眺めていればよい。
ドアをくぐる瞬間、口元でぼそぼそ何かコードをつぶやく人がいたら、その人物こそが、関係者だ。
……なんてことを思わずにはいられないほど、私は困惑している。
だって、そうでなければ、毎回こんなことが起こるはずがないのだ。
もうだめなのだ。
どうして、いつもいつもこんなことが起こるのだ?
どうしていつもコンビニに行くと、食べるものもわからなくなってしまうのだ?
棚の前に並んでしまうと、ぜんぶが美味しそうに見えてしまう。
「お兄さん、一口! 一口だけでいいから!」とコンビニ店員に懇願し、ぜんぶ一口だけかじり回したいと思ってしまう。
そんなふうに考えていると、一周回って、自分がいったい何を食べたいのかわからなくなってくるのだ。
胸に手を当てて、問いかける。
「私は、今、いちばん何が食べたいのだろう?」
そして、棚の上から下までくまなく目を通す。
一つひとつの食べ物を口にした瞬間を、私はシミュレーションする。
たとえば、いま、肉を食べたとするとどうだろう。
棚の上でひときわ輝く、チキン南蛮。
これを食べて、食べたあとの私は満足しているだろうか?
口の中で、思い出せるかぎりのチキン南蛮の味を再現する。
タルタルソースが絡んだ、ぷりっぷりの肉が舌の上ではじける。
ひと噛みするごとに、じわじわと心の満足度が上がっていく。
なんの疑いの余地もない。美味でしかない。
いっぽう、隣で、魚たちが主張する。
「俺を、俺を食べてくれ」と。
彼はいっけん地味であるが、内面を知ると、その深みにハマらずにはいられない。
さばの味噌煮を、口に入れた瞬間を思い浮かべる。
あの深いふかい味噌の味を、今ここで食べた気になろうと思い込ませる。
味噌の香りが鼻を抜ける。ふぅと心の底からため息が出るくらい、満足している自分のイメージが浮かぶ。
どちらも満足感はある。
けれど、肉はどうもいけない。野生に戻ってしまう気がする。アドレナリンが流出する成分が肉には含油されているのだ。肉を食べたあとは、いつも、なんだかすぐ寝られそうにない。今日はこのあとゆっくり休みたいし、ガソリンを体に入れる必要もないのだ。
その点、魚はいい。
やわらかな魚の感触は、あごに優しいだけでなく、全身がふんわり包まれるような気がする。何より実家を思い出して、極上のリラックス効果がある。
それがたとえ、コンビニのレトルトパウチの魚でも。電子レンジによって粒子を震わされ、強制的に温められた、人工的な香りがマックスにただよう魚の温かみだったとしても、だ。
私は今、食べたいだけでなく、心の底まで息が通るような、深いため息ができるくらいの落ち着きの時間を求めているのだ。
……よし、今日は魚にしよう。
そうして逡巡したあげく、やっと、品物に手を伸ばす。
これが、たいてい、コンビニに行くたびに起こる一連の現象である。
パパッと決断できる人は、仕事ができると言われる。
コンビニでご飯を選ぶ、たったそれだけのことだったとしても、即断即決のクセは表れてくるもんだと思って、一時期、何も考えずに、目についたものを食事に選んでいた。
けれど、それだけでは面白くなかった。
食事がまるで、作業のようになってしまったのだ。
私は、なにか品物を買うとき、どうしてもコンビニで買う機会が多くなってしまう生活をしていた。
スーパーのような、材料から手づくりでできるものを買う場所にはなかなか行けなかったので、食の楽しみが、まったくなくなってしまったのだ。
この食の時間をいかに満足して終えられるのか?
そう考えると、棚の前でイメージをせずにはいられなかった。
「優柔不断だ」と言われるかもしれない。
あまりに店内をぐるぐるするもんだから、店員さんに怪訝な目をされるかもしれない。
さっそうと買うものを決め会計を終わらせた友達から、「おまえ早くレジ通してこいよ」的オーラを出されるかもしれない。
けれど、これは真剣勝負なのだ。
ボクシングのスパークリング試合くらいに、熱い戦いなのだ。
だって、ふだん、こんなに自分が何をしたらいちばん満足するかだなんて、なかなか考えることがないのだ。
食とは、対話である。
かけがえのない、自分との対話の時間だと気づいた。
どの品物を食べても、美味しいことは間違いない。
しかし、大事なのは、今の自分が、何を食べたら一番満足度が高いか。
同じ「食」という時間でも、いかにその価値を高められるか。
それが重要なのだ。
もちろん、手持ちは限られている。
すべての商品を買うことは、できない。
「お兄さん、一口だけ! 一口だけでいいから!」と懇願し、すべての商品を一口ずつかじり回ろうものなら、110番まっしぐらである。
できることは、ひとつしかない。
妄想である。
いかに、その食べ物の味を、口にしていない状態で舌の上に再現できるか?
その食べ物の匂い、温度、食感を、想像でどこまでリアルに追及できるか?
そして、食べ終わった後の私はどんな気持ちになっているか?
そこまで妄想して、初めてコンビニでの食事選びは完結するのである。
もちろん、コンビニでは、新商品がぞくぞくと開発される。
だからこそ、今まで食べたことのないメニューでも、中に入っている具材を見て、いかにして舌の上で出来上がりを再現できるか、ギリギリまで妄想することは可能なのだ。
棚の前で、まずは商品をじっくりと観察する。
気になる商品を、食べた気になってみる。
食べたあとの自分の満足度をはかる。
その検査をして初めて、レジに品物を持って行く。
もちろん、一瞬で想像できるようになるのはむずかしい。
私はまだ、棚の前でしばらくじっとしていないと、その味をイメージすることができない。
けれど、もしこれが、鍛錬を積んで、一瞬にして味を再現できるようなことになったら。
私が今、いちばん何を食べたいのか? 何を欲しているのか?
もっと自分の想像力を研ぎ澄ませることができるようになる気がするのだ。
「人間は考える葦である」とパスカルは言った。
人間とチンパンジーの違いは、想像力でしかないという。
今、目の前にないものをつくりだすこと。
それを体験して、どう感じるか、イメージすること。
これを、あえて食事の前に、目の前の食べ物を「待て」されている究極の状態でおこなえば、イメージが最大限にはたらくのではないか。
それを毎日、食事の前にルーティンとしておこなっていれば、おのずと、まだこの世に見ぬ画期的なアイデアが、ポッと浮かぶようになる気がする。
私は、空中にふわふわと浮かぶ、さまざまなアイデアの見えない糸のようなものをつかんで、組み合わせて、どうにか形にしたいと思う。
体験して、ほんとうに心から満足するものを、生み出したいと思う。
そのためには、日頃から、常にイメージと感覚を研ぎ澄ませなければならぬのだ。
まだ見ぬ何かを生み出すための、可能性を少しでもこじあけるために。
そう考えると、立ち寄る回数の多いコンビニという場所を、無理やりイメージにこじつけるのがいちばん早いのかもしれない。
今こそ、立ち上がろう。
もうわれわれは、夜ごはんがコンビニだからって、落ち込む必要はないのだ。
なんだって、イメージさえあれば、最高の高級料理になるのだ。
さて、今日のごはんは何にしよう。
お肉? お魚? ラーメンでも、食べに行く?
スーパー行って、食材でも買い込むかな……。
「あえて」コンビニで買うなんていう選択肢は、消極的と思われるかもしれない。
「コンビニ飯はよくない」なんて、そういうムードがあるけれども。
あえて反旗をひるがえそう。
コンビニ飯を買うときほど、自分の内面と対話するに最適な時間は、ないのである。
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