「ブラックタイガー最強説」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴木敬太(ライティング・ゼミ12月コース)
「やめとけや。しょうもない」
ヒサザキくんの声を初めて聞いたのは、小学校2年生の初夏だった。
「タイガーマスクみたいだ」
大好きだった漫画のヒーローに彼を重ねた。
ボクは泣きながら、自分を救うヒーローの登場に浮かれていた。
ヒサザキくんは無口で、ただならぬオーラを纏い、誰からも一目置かれていた。クラス対抗ドッジボールでは、最後の1人となった彼が対戦クラスをことごとく薙ぎ倒して優勝した。とても運動神経が良く、ケンカも強いらしいがいつも1人だった。クラスでも誰も寄り付かない。1年生を終えて北海道から大阪に越してきたボクは、得体のしれない彼が怖かった。
「か、かんけいないやろ」
ヒサザキくんに言い返したのは、意地悪で体の大きいマスダくんだった。ボクは当初からイントネーションをからかわれたり、牛乳キャップの開封道具(全員用)を回されなかったり、判り易く虐められていた。
その日ボクは、マスダくんから言うことを聞け、と言われて拒否し「ナマイキだ」と、プロレス技のヘッドロックを仕掛けられていた。タイガーマスクならバックドロップで切り返す場面だが、ボクにその力は無かった。
悔しくて泣き始めた時、冒頭のヒサザキくんのセリフが聞こえてきたのだった。
ヒサザキくんが続ける。
「ええからやめとけや」
「な、なんでやねん」
「うっとおしいねん」
「こ、こいつがナマイキやから……」
「やんのか」
「……」
被せ気味に放たれたヒサザキくんのセリフを最後に、マスダくんは黙り、ボクは難を逃れた。
「オマエの左手どないしてん」
泣いているボクを、水飲み場に連れて行き顔を洗わせると、ヒサザキくんは訊ねた。
ボクは、生まれつき左手の指が5本とも無かったが、大阪に来てから、いや、大人になってからも、彼ほど真正面から訊いてくれた人物は10人もいない。
「生まれつき」
「へー、イタいんか」
「イタくない」
「へー、おまえ、なんかスゴいな」
「ホントに!?」
「うん。オレ、マスダがキラいやねん」
「ホントに!!!???」
「うん。なんかキショいやろ」
「あははは!!!!!」
正確な意味はわからなかったけど、心から笑った。大阪に来て、初めてのことだった。
ヒサザキくんと仲良くなり、学校に行くのが苦痛じゃなくなった。マスダくんはちょっかいをかけてこなくなり、ドッジボールでも無敵になった。
バカなボクは、まるで自分が強くなったように振る舞い、クラスで浮き始めた。
そう、勘違いして調子に乗っていたのだ。
と言っても、虎の穴の全容を見るまでの短い時間だったが……。
「今日、帰りにオレんち寄れや。また、お菓子買うて遊ぼう」
「うん」
仲良くなってから、何度か彼の家に遊びに行った。目立ったオモチャこそ無かったものの、彼と遊ぶのは楽しかった。ボール遊びだけじゃなく、ベーゴマもプロレス技も上手な彼は、それぞれのコツを優しく楽しく教えてくれた。
なによりも……。
遊びに行くと、彼はいつもおカネを持ってきて、お菓子を買いに行こう、と誘ってくれた。小遣いなど無かったボクは大喜びした。子供心に高額だと感じていたが、余計なことは口にしなかった。
「ほら、おまえのぶん」
「いいの?」
「今日はナニ買う?」
「ラムネとベーゴマとビックリマンチョコ!」
「はよ行こ!」
「うん!」
追求したコトもない。
その場を見たコトもない。
でも気付いていた。
彼は家のおカネをくすねていた。
ある日、いつもの玄関ではなく、家の中にまで入れてもらった。彼はカギっ子で、両親や他の家族に会ったことは無い。
「コッチコッチ」
ヒサザキくんに招かれ、なぜかドキドキしながら、茶箪笥のある部屋まで一緒に行くと、彼はひきだしを開け、ガマグチ財布から折りたたまれた千円札を抜き出した。と、その瞬間。
ガララララッッ!!!!!!!
勢いよく引き戸が開いて、大きな影が彼に突進して行く。次の瞬間、彼は、茶箪笥の反対側まで吹っ飛ばされ、壁に背中を強打して崩れた。影は髪の毛を掴んで引き起こす。
「この悪ガキ!!!」
バッチーーーンッ!!!
「バレてへんとでも思てたんか!!!」
ビッターーーンッ!!!
見事な往復ビンタで、みるみる腫れるヒサザキくんのほっぺた。彼の髪の毛を掴んだまま、大きな影がボクを見る。
「アンタは誰や!」
声なんか出ない。
「ドコの子や!!!」
まだまだ出ない。
「アンタも盗ってたんやろ!!!!!」
気絶したい。
幽体離脱寸前のボクの脳裏に浮かんだのは、
「ブラックタイガーより強いな」
だった。
「ソイツ、かんけいないで」
と、ヒサザキくん。
虎の穴の刺客にも怯まない。
「シバいたろ、思て、つれてきただけじゃ、クソばばあ。いっつも同じトコに入れてんのがアホなんじゃ。盗られんのイヤやったら、わからんトコにかくしたらええねん。ケチらんとこづかいふやせや」
ゴッッッ。
ゴッッッ。
ゴッッッ。
今度はニブい音が3~4回聴こえ、ヒサザキくんはハナヂを流す。
大人のグーバンチも、一瞬でハナヂが出るのも、初めて目にした。
「アンタは帰り。もうこのコに着いて来たらアカンで。もしこのアホにいらんコトされたら言うといで」
と、ブラックタイガーが言う。
恐怖で動けないまま、視線だけヒサザキくんに向けると、彼はニヤリと笑い、ハナヂをなめながら、オレに親指を立てて見せた。
その後、どう帰ったかは憶えていないが、結局、ボクは殴られも咎められもしていない。
一緒に殴られるどころか、母に話すことすら出来なかったボクは、自分の弱さを痛感した。
ヒサザキくんは、悪ガキには違いないが、そりゃあ強かった。
弱い者を助け、強敵に立ち向かう姿は、やはりタイガーマスクだった。
さて、ボクを追い払うように帰した彼のお母さん。
息子のトモダチを庇う姿勢を汲んだのだ、と、今は思う。
そう、彼を鍛えるブラックタイガーこそ、最強だったのかもしれない。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325