チーム天狼院

映画『月と雷』を観ていたら、どうしても触れていたかった「あの音」が聞こえてきた《映画『月と雷』×天狼院書店コラボ企画》


記事:木村保絵(天狼院書店)

泰子と智。
どちらかが両手を広げ、ちゃぶ台の前で抱きしめ合った時。
二人の境界線が、まるで消えていった。
「あぁ」
二人の人間が一つになる様子を眺めながら、遠い記憶が蘇ってきた。

 
 

「あんな寝方ばして、潰されないんだかね」
「だからさ。いっつもだ」

幼い頃、布団の中でうとう眠っていると祖母と母の会話がぼんやりと聞こえてきた。

わたしは、目が覚めたあともぼんやりと目をつぶりながら、わざとその場に居続けた。

それは、休日の父がそこにいたからだ。

父はぶっきらぼうで、こどもに対しても口数が少なかった。
仕事が忙しくても、休みの日には「経験だ」と色々連れてってくれたけど、
かと言って「子煩悩」とはまた違う気がする。

父はいつも厳しく、父と娘というよりは、大人とこども、のような距離感があった。
父に頭を撫でられたり、手を繋いだり、そんな風にしてもらった記憶は、ほとんどない。
大人になってから、まだ1〜2歳のわたしを抱っこしている父の写真を見かけた時は、妙に安心したものだった。

幼い頃のわたしは、自分からうまく甘えられるこどもではなかった。
どちらかと言うと、うまく伝えられなくて、ふてくされていた時間が長かったように思う。

そんなわたしが唯一楽しみにしていた時間。

それは、普段は仕事で忙しい父が休日に寝ている時のことだ。
グーグーいびきをかきながら背中を丸めて寝ている父の隣に行き、父の背中におでこをつけながら寝る。
なぜかその時間が、ものすごく落ち着いた。

母は、夜中に母の元へ行くと、布団を広げ一緒に眠ってくれた。
冷え切ったわたしの小さな足を温めたり、抱っこしてくれながら、またスースーと寝息を立てていた。

だけど父はそういうタイプではない。
起きている時に一緒に寝ようとすれば
「もう寝るぞ、どけろ」「ちゃんと自分の布団で寝ろ」と言われてしまう。

だから、わたしに唯一与えられたチャンスは父がちょっとやそっとのことでは目覚めない休日の朝だけだ。

グーグーと鳴り響くいびきに合わせて前後する父の背中にピタッとおでこをつける。
小さな声で「グーグー」と息を合わせていると段々眠くなって来る。
うとうとしながら、ぼんやりふわふわしていると、父のにおいがしてくる。
その時間が妙に安心感をもたらした。
 

「あんな寝方ばして、潰されないんだかね」
「だからさ。いっつもだ」
そんな様子を見た祖母と母は、いつ父が寝返りを打ち、まだ小さかったわたしが潰されないか、ハラハラしていたという。
だけど不思議なことに、そんなことは一度もなかった。
わたしにとってはそれが、当たり前のことだった。

それが特別だと気付いたのは、
大人になり、恋をしてからだった。

恋に恋をしていたような時代の、もう随分前の話だが、
当時わたしは、その人を想うだけで息が止まりそうなほど、全身でその人だけを想っていた。

背の高いその人は、なんだか手を伸ばしてもなかなか触れられない人だった。
身長差が理由なわけじゃない。
それは、なんとなく幼い頃、父との間に感じていた距離感のようだった。
近付きたいのに近づく事ができず、
なかなか心の奥に触れることを許してはもらえなかった。

「言ったってわからないでしょ」
そう言って濁されることも多かったし、
街の中で手をつなごうとすれば手をほどかれたり、
電話をしたって出ないこともしょっちゅうだった。

——もしや既婚者なんじゃ、と不安になったこともあるが、そうではなかった。
ただ単に、わたしとはそういう付き合い方しか、できないようだった。

そんな彼と一緒にいて唯一、幸せを感じられたのは、
やはり幼い頃父にしていたように、
彼の背中に耳を当てている時間だった。
彼も父と同じで、起きている時にそんなことをしたら邪魔くさがる人だ。
だから、彼の起きない休日の朝。
彼が向こうをむいたその瞬間に、背中にこっそり耳を当てた。

グーグーという寝息に合わせ、耳から伝わってきた振動でわたしの顔も上下する。
その心地よい揺れと温もりを感じながらウトウトする時間が、たまらなく好きだった。
その瞬間だけは、一緒にいることを許されているような気がしたからだ。

ただ、残念なことが起きた。
父の場合には一度もなかった悲劇が毎回起こるのだ。
それは、彼が寝返りを打つたびに潰されてしまうこと。
わたし自身が大人になっているとは言え、
突然全身脱力した成人男性がのしかかってくる。
重くて苦しくて、「うげー」と声を出しながら、いつも必死で脱出していた。

「んー? あれ、何してんの?」
そう言って彼は目を覚まし、「あー」と声を出して伸びてみたり、再び寝息を立てたりしながら、しばらく布団の中にいた。

目を覚ました彼は、わたしの大好きな背中を非情にも床に向けてしまう。
仕方がなく仰向けになった彼の胸の上に耳を当てると、
背中とはまた違う感触があった。
やわらかいところと、ゴツゴツしているところがあって、あまり寝心地は良くなかった。
それでも、そのまま頭を預けていると、
どぅふ、どぅふ、と
耳の奥で、彼の鼓動が聞こえた。
ドキドキ、とはまた違う。
ドックンドックン、ともちょっと違う。
低くて不思議で妙に落ち着く音だった。

「ふんふふーん」と彼が鼻歌を歌うと、
わたしの耳はビリビリと振動した。
右耳から聴こえてくる彼の声と、左耳から聴こえてくる彼の体内を通した声はまるで違っていた。
ボーっというような低い音を左耳でビリビリと感じながら、
なんだかふたりの境界線が消えていくようで嬉しかった。

もしかしたら。
人はこうやって、誰かの鼓動を聞きながら溶け込み合うことで、
生きていることを実感するのだろうか。

自分以外の命が動く音を聞き、
その振動に触れることで、
誰かに求められていること、
信頼されていることに、喜びを覚えるのかもしれない。

映画『月と雷』にも、そんなシーンが登場する。
泰子と智。
どちらかが両手を広げ、ちゃぶ台の前で抱きしめ合った時。
二人の境界線が、まるで消えていった。

——そうか、こうやって人は、誰かを求めるんだ
心の中で、そう頷いた。

誰かの鼓動に触れたくて手を伸ばし、
その鼓動をもっと近くに感じたくて、抱きしめ合う。

寂しくて、不安で仕方がない時、誰かの鼓動に触れたくてたまらなくなる。
その命が、自分のためだけに動いてくれていることを、確かめてみたくなる。
そうして共鳴し合う鼓動が、新しい鼓動を生み出すことを、本能的に求めている。
やがて、自分の体の中に新しい鼓動を宿し、喜び、安堵する。

ずっとそれが自分の生き方だと思ってきた。
そうやって生きていくのだろうと、当たり前のように何も疑わずに生きてきた。
だけど。
一体、いつからだろうか。
誰かの鼓動に触れなくても、不安を感じなくなったのは。
時代や世間からのプレッシャーも、前に比べると弱くなったように思う。

そうだ。
ある時からわたしは、他人ではなく自分の鼓動と向き合うようになった。
あぁ、今は随分ドキドキしている。不安なんだなぁ。
お、今日はなんだかゆっくりだ。こういう時間が落ち着くんだなぁ。
自分自身と向き合い、呼吸を整え、鼓動の音を確かめながら自分の進む道を選んできた。

そうやっていつしか、誰かの鼓動に触れなくとも、不安に襲われることはなくなった。
それを、強くなる、とか、大人になる、とか言うのだろうか。

でもそれは、何か違う気もする。
一人で生きていくと決めたわけでもないし、
一人で生きていくことだけが、強いわけでもない。
もしかしたらまた、誰かの鼓動を求める時も来るのかもしれない。
状況に合わせて変化することもまた、大人になる、ということなのかもしれない。

映画『月と雷』
この作品を見ていると、
泰子と智の生き方を遠くからぼんやり眺めていると、
トク、トク、と脈打つ鼓動の音が、自分のどこかから聞こえてくる気がする。

私は、どうやって生きていきたいんだろうか。
誰かの鼓動に触れることを、求めて生きていくのか。
自分の鼓動をしっかり確かめながら生きていくのか。
直接触れずとも、誰かの鼓動を高鳴らせるために生きていくのか。

女として。人として。わたしとして。
世の中と、他人と、どう交わって生きていくのか。

きっとそれは女性だけではない。
男性も本能的に、誰かの鼓動を求めている。

幼い頃、眠っている父が寝返りでわたしを潰さなかったのは、きっと偶然ではない。
そこに、自分自身を必要としている小さな鼓動があることを、
本能的に、察知していたのではないだろうか。
母だけではない。
父もきっと、父になるのだ。

そして、その道を選ばない人もいる。
自分の鼓動を保つために、
世の中の鼓動を高鳴らせるために、
どの鼓動とも共鳴しないことを選ぶ人も、きっといるはずだ。

映画『月と雷』
角田光代が作り出した世界感が、映画となって生まれ変わり、その中を若い俳優陣が生きている。
それはまるで、今の時代のわたし達に問うているようだ。
その鼓動が鳴り続ける間、どうやって生きていくのかを。
どの生き方も否定せず、わたし自身に、生きる道を選ばせてくれる。

上映が終わり、映画館の中が明るくなったその瞬間。
きっと、自分自身のこれからの生き方が、見えてくる。
まっすぐまっすぐ続く畦道の向こうに。

 

 

映画『月と雷』
出演:初音映莉子、高良健吾 、草刈民代 / 原作:角田光代 / 監督:安藤尋
10月7日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー!
http://tsukitokaminari.com
(C)2012 角田光代/中央公論新社 (C) 2017 「月と雷」製作委員会

天狼院書店「東京天狼院」「池袋駅前店」にて前売券販売中!

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