メディアグランプリ

この溢れ出る愛を金棒に変えて


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【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:月山ギコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 

「どうしよう。これは……困ったな……」
私は途方にくれて、空を仰いだ。
まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったから。
 
20代の頃、上京した年の終わり、同い年のいとこが自殺してしまった。
とても驚いた。私よりもずっと恵まれていて、ずっと幸せなはずだと思っていたから。
 
彼は専門学校を卒業して就いた仕事がうまくいかず、うつ状態になり、実家に戻っていたそうだ。
 
家族がケアしていたが、ある日気がついたら自転車がなくなっていて、家から離れたビルから飛び降りているのを発見され、警察から家族へ連絡がきたのだった。
 
遺体の損傷は下半身に集中していたため、俳優のようにキレイな顔はそのままで、まるで眠っているみたいに横たわっていた。
 
彼の葬式で、父に言われた。
 
「おまえは大丈夫だな?」
 
私が大丈夫かって? 私が自殺しないかどうか? そんなことはわからない。
彼は大丈夫だろうか、とふと思った。
彼は本当に、死にたかったのだろうかと。これでよかったのだろうかと。
 
でももうすべてが遅い。一度飛び降りてしまったら、いくら後悔しても遅いのだ。
 
それからの10年ほど、私の頭にはいつも彼の存在があった。
人生がうまく行かなくて、「死んだらラクなのに」と思ったこともあったけど、そう思うたびに彼のことを思い出し、私はそうなってはいけないと思い直したものだ。
 
まるで死んだ彼に支えられて生きているようだった。
 
20代から30代前半にかけて、ことごとく人生がうまくいかなかった。
職場での人間関係をそつなくこなせず、飽きっぽい性格も災いして、就いた仕事は1~2年ほどで辞めてしまうし、違う業種を転々としていたから、キャリア形成ができていないとみなされ、転職活動をしてもあからさまに見下した態度で接してくる面接官も少なくなかった。
 
好きになった人は私のことを好きにならず、飲み会ではずっと引き立て役で、なんにも楽しくなかった。
 
「おまえなんかどうでもいい存在だ」
 
道行く人にさえ、そう思われている気がしていた。
 
自信がないから仕事が続かず、仕事が続かないからいつまでも自信がつかない。負のループから抜け出せないまま無駄に年を重ねていった。私のような人間が生き続けていて、彼に申し訳ないという気持ちにもなった。
 
そんな中、急に「英語を使った仕事をしよう」と思いたち、英会話教室に通ったり受験時代の単語帳を引っ張り出したりしてなんとかTOEICの点数を上げ、子供英会話の講師として務めることになった。私はもう35歳になろうとしていた。
 
結論から言うと、びっくりするほどの安月給で講師を朝から晩まで働かせる超ブラック企業だったので、1年もしないうちに辞めることになるのだが、そこであるネイティブの先生に言われたことが、私の目を覚まさせることになる。
 
その日は研修で、全国の教室に勤務している英語講師が一同に集まり、模擬レッスンを本部の人に見てもらって講評してもらうことになっていた。
 
ひとりあたりの模擬レッスンは10分ほどで、私は少し緊張しながらも、マニュアルに沿ってやるべきことをやったつもりだった。
 
全員の発表が終わった後、アメリカ人の彼女は、私の方に近づいてきて、私の目をまっすぐに見つめてこう言った。
 
「Be confident.(自信を持ちなさい)」
 
私の授業には、よほど自信のなさが現れていたのだろう。アナタに足りないものはそれだけだよ、と言われているようだった。
 
ごまかせないんだな、と思った。いつも行き当たりばったりで、色々な仕事に手を出してきたけど、私にできることは限られている。
 
それなら、少しでも人より誇れるものを仕事にしよう。もう寄り道するのはやめよう。
 
その年、編集プロダクションで働いていた頃の経験を元に、Web広告の制作会社で勤めた後、縁あってウェブ広告の会社に入社することができた。そこで私を認めてくれる人に出会い、コンテンツ制作に携わっている。今更ながら、文章を書くことの面白さ、深さに気づき、この仕事をずっと続けたい、と思えるようになった。
 
20代、毎日が真っ暗闇のように感じていた頃、もし彼が死ななかったら、少しでも歯車が狂ってしまっていたら、私も死んでいたかもしれないな、と思う。
 
まさか20年後に、自分の手に娘を抱くことになるなんて、想像もしなかった。
 
今考えてもゾッとする。あの時私が死んでいたら、今この世にこの子は存在していないのだ。
命があるからこそ未来がある。そんな単純なことに、若すぎて気づけない人もいる。あの時、彼にひとつでも生きる理由があったら、ただそれだけで良かったのに。
 
「本当に困った……」
 
私は今、あまりに愛おしすぎる娘を目の前にして、この愛をどうしたらいいのか分からなくて困っている。もはや恐怖ですらある。この小さな命が、私自身の手にかかっているということに。
 
でも、この愛という金の延べ棒があれば、私は何にだってなれる気がする。
未来は永遠に輝いて、私たちを待ってくれているように思えるのだ。
 
 
 
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2019-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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